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「脳転移」と友とわたし㉗「魂の安心」


「来年はない」
そう主治医に言われ非常に混乱と苦悩の
中にあった友。
友は2018年12月30日に亡くなりました。
看取りとその後はこちら→https://sarah51.exblog.jp/i31/


全く耳の聴こえない友と
離れて会話するのに必須のスマホ。

それでさえ手の震えも強く、
文字を打つのも時間がかかっていた。

その日の朝、友は引っ越しに必要な書類を
無くしてしまったと思い込み、
慌ててメッセージしてきた。

でも実はその書類は私がすでに
預かっていた。それを写メと共に
伝えた後、こんなメッセージが。

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すごくスムーズで、
話してるかのようなテンポで
送られてきたメッセージだった。

私は何か彼女の決意を
スマホの中から強く感じていて。

次の言葉を見て泣いてしまった。

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「いんしゃーあっらー」とは
「神さまが望めば」
そして、
「シャハーダします」
は、
「信仰告白」と呼ばれ、
イスラム教徒になるという
意志を明確に示すものです。 

私はその彼女の強い意志を
その言葉に感じてもう
号泣してしまっていて。

隣の部屋にいた夫が変わりに
そのシャハーダの言葉を
打って証人となってくれました。 


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そして夫が彼女のムスリム名にと、
「ヤスミン」
とつけました。

それは私が「やすみ」という
彼女の名前の音と
アラビア語のジャスミンである
「やすみん」の音が似てるので
勝手にあだ名で呼んでいた名前だったけど。

でも実はこれにはもっともっと深い
彼女のルーツが隠されていたことに
この時私たちは何も知らずにいました。

友はこの時のことを、

「なんとも言えない安心感」

と言っていて、
彼女なりに、何もかもが
ああ、もう大丈夫なのだと
思うところがあって、

全くの迷いなく
「そうなりたい」
でも
「そうなればいいな」
でもなく、
「します」
という真っ直ぐな言葉で
決断したようだった。

そして私たちはその日の午後、
「やすみん」
となった彼女の涙を目にすることに。

それは私たちの想像を遥かに超えて、
ああ、、、そうだったのか、、と。
思う出来事でした。


つづく 





# by sarah_51 | 2019-02-11 21:18 | 医療と健康  | Comments(0)

キーマカレーには○○を入れると美味しい!「世界の料理教室」開催報告 


「グリーンピース」です。

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毎月第2土曜日に福岡市東区にある
レストラン花で開催している
「世界の料理教室」

今日は「チキンプラオ」と「マトンキーマカレー」

キーマカレーというと、
チキンを食べたことがある人も
多いのでは?と思います。

でもそもそも「キーマ」とは
「ミンチ」の意味だとか。

なのでチキンキーマとか
マトンキーマとかあるそうですよ。

今日もシェフの絶妙なスパイス加減。

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たっぷりの玉ねぎとトマトペーストに
マトンミンチで作るキーマカレーは、
最後にグリーンピースと、
コリアンダーの葉っぱを刻んで入れていました。

グリーンピースが舌触りも
アクセントにもなっていて
本当に美味しかったです!

そしてチキンプラオ。

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こちらは玉ねぎとトマトにスパイスたっぷり
使用して煮込んだスープに、
バスマティ米をダイレクトに入れて炊き上げます。

炊飯器でもできるそうですよ。

よくある炊き込みご飯の
「ビリヤニ」
はご飯をお湯で炊いて
後から合わせますが、
プラオはスープで炊き上げる
感じでした。

どちらも辛くないので、
お子さんにも大じょゆぶですね。

今日はとても寒かったですが、
スパイスたっぷりのご飯で
身体も暖かく元気になりました! 

次回はエジプト料理です♪ 

どうぞお楽しみに!!!


おしまい 


# by sarah_51 | 2019-02-09 20:47 | 料理教室 | Comments(0)

噂の福岡博多南「ベンガル料理」が想像以上に美味で驚く


福岡市は知る人ぞ知るスパイスカレー王国と
いっても過言ではないくらいカレー屋さんが多い。

インドやネパール、スリランカにパキスタンなど
様々な国のしかも本場の味を食べれるお店があり
スパイスカレーファンにとってはよだれものの都市だ。

その福岡で新しくできた「ベンガル料理屋」さんが
あると聞き我慢ができずに旦那さんを誘って行ってきた。

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通り沿いにパッとわかりやすい
インドの国旗の屋根。

日本人の男性スタッフが
とても丁寧に案内・説明してくれた。

ランチは「ベジ」と「ノンベジ」セットがあり、
ベジの方は主に豆カレーと野菜、
ノンベジの方は豆カレーの他にチキンと魚の
カレーとのこと。 

メニューはその他にもとても豊富にあって
単品でも頼めるそう。

しかしその後私はそのあまりの
「美しさ」
におののいてしまった・・・。

まず旦那さんが頼んだ「ラッシー」。

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お、、おされすぎる。
こんなオシャンティーなラッシーを
生れてはじめて見た。

ローズのソースにピスタチオだそうで。

その後シェフが丁寧に
運んでくれたカレーたち。

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私のカメラ技術では伝えてきれてないと
正直思うのだが、とにかく「きれい・・」
っていう言葉が思わず出てしまう作り。

ただ単に盛り付けをきれいにしてる
という意味ではなく、とても
「丁寧に」
作っているという意味で。

そしてライス、ナン、ロティと
選べる主食ですが、

そもそも「ナン」って現地の人は
食べてないので。

ここはどうあっても「ロティ」。

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全粒粉のロティは身体にも優しい。
これは小さめでお上品でしたね。

ベンガル地方のカレーは、
お米と魚、野菜を多く使うのが特徴。

この日のランチのおさかなカレーも
めっちゃ柔らかくて美味しかったです。 

ぜひこのお店では魚介系を味わって
欲しいですね。

ほんとはランチの他に、
スイーツも頼みたかったのだけど、
お腹がいっぱいになってしまい、、、。

食べきれなかったものを
お持ち帰りに入れてもらいました。

そしてなんと私が手で食べていたのを
見てくださってて、食べ終わった頃、
これが。

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ああ、レモン水でさっぱりね♪

ではなく、、フィンガーボウル。

しかもですね。
「あたたかい」
お水(お湯といえばいいのだがw)なのです。

ちょうどよい温もりの
このレモン水にきゅん死する人が
出ないことを願います・・・・w 

お店の日本人の方は、
インドで日本食をマネジメントしているそうで、
現地の一流店でシェフをしていた

「彼らなら間違いない」

というシェフを日本へ呼び寄せて
お店を開いたのだとか。
(後でわかったけどシェフは2人ともムスリム)

あえて「日本に合わせて」ではなく、
あくまでも彼らが食べている
「ベンガル料理」
を紹介したいというこだわり。

ベンガル料理についてや
お店の情報はぜひHPなどを
見て見てくださいね。

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▼インディアンスパイスファクトリー
▼食べログ
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あんまり美味しすぎるので、
速攻イベントをするべく予約しました♪ 

▼ベンガル料理で夜会♪ 

よかったらぜひ♪ 


おしまい 



# by sarah_51 | 2019-01-30 18:23 | 福岡よかとこ情報   | Comments(0)

「脳転移」と友とわたし㉖「苦悩・混乱と出会い」


改めて主治医から「来年はない」と言われた友。

友は2018年12月30日に亡くなりました。
看取りとその後はこちら→https://sarah51.exblog.jp/i31/


長い長い数時間を過ごした後、
友には現実が待っていた。

ここにその「苦悩」の1つがある。

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この時、脳外科の医師は
脳転移が放射線治療によって
縮小したということで脳浮腫に使用していた
ステロイドの量を少しずつ減らしていくと言っていた。

でもリハビリの病院からもらっていた
残薬がまだあったため、
残っている薬を使って減らしていくという
ちょっと面倒な方法をとってしまった。

そして医師が1回ごとの薬を全部ひとまとめに
処方という形にしてくれているとよかったが、
残っている薬を一部使うということもあって、
自分でその量を調整しなくてはならなかった。

この頃の友は病状なのか、
それとも気持ちの不安定さゆえなのか、
細かい話がなかなか理解できないことがあった。

でも本人は、

「忘れていくのが怖い」
「忘れていることに気が付かないのが怖い」

と病状が進み物事を忘れてしまうことに
とても恐怖感をもっていた。

この日のノート。

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赤い字で、そして震える手で
書き記したこのノートから、

その不安と恐怖と
「ちゃんとしたい」
という友の気持ちが強く伝わってくる。

同じように手帳にも薬を1つずつ
赤字で書き込んでいた。

私は彼女が今後1人暮らしをしていく上で、
サポートが必要になることを
考えてはいたけれど、

でもこの調子だとかなりのサポートが
必要だな、、、と心配だった。

ところがだ。

友はいつも寸でのところで
どこからともなく救いがある人だった。

この日私は10月から急遽お手伝いすることになった
訪問看護ステーションに行った。

それも本当にびっくりする展開で、
ただお茶のみに遊びに行ったら、
その場で採用になったのだけど。。。

そして事務所で説明を受けた後、

ふと思って訪問看護師さんに、
友のことを話してみたのだ。

友は介護保険で支援が使える年齢ではない。
でも「がんの末期」という診断があると、
40代で介護保険が使えるのだ。

だからお薬の管理とか、
日々の不安や混乱に対して、
何かお願いできないかと思ったのだ。

するとなんと!
そこにいた別のベテラン看護師さんが、

「わたし以前耳の聴こえない方を担当してました」

というではないか。。。

しかも友の不安をまだ会ったこともないのに、
察してくださって。 

まずは本人に会って、
了承してもらえたら翌日からでも
お手伝いに入れますよ!

と言ってくれたのだ。
そしてリハビリに関しては、
私が担当すればいいじゃない?と。

ありがたかった。。
本当に。

早速私は介護保険の申請や
ケアマネさんを紹介してもらって
連絡やら主治医に指示書を書いてもらえるよう
ソーシャルワーカーさんへ連絡しよう。

そうしよう。

これで10月4日の引っ越しに
向けて準備して。

あともう一息で
友がずっとずっと待ってた、

「アトリエで曼荼羅を描く」

を叶えてあげられる。

友の苦悩と心配はあるものの、
ほんの少し友の生活の
安心が見えたようでまたがんばろうと
思えた1日だった。

そして翌朝私は友の決断に
さらに驚かされるのだった。

つづく 









# by sarah_51 | 2019-01-29 18:58 | 医療と健康  | Comments(0)

友と私。していてよかった「生前整理」と頼んでよかった「遺品整理」


亡くなった耳の聴こえない1人暮らしの友。
葬式も終わって色々な処理をしていた私。

アパートの退去日が埋葬されてから
たった2週間後という速さでしなくてはならず。

それだけではなく、「遺留品」という中には、
私が扱いきれないものもあったわけで。

事前に見積りに通常部屋に入ってもらって、
それから契約→当日片付けになるんだけど、
そんな時間がなかったので、

とにかく1月15日にそのまますぐやってくれる
業者を探して依頼した。

私の頭の中に、何がどれくらいあって、
どれはどうして欲しいかは全部あった。 
なので申し込みの時点で見積りしてもらうことができた。

友の荷物は正直なんとかがんばれば
私と弥生さんとでどうにかなる量だった。

でもなぜそれを業者に頼んだのか。
理由はいろいろあるけど、

・「処分」するのが辛すぎるから。
・退去までの期間が迫りすぎだから。
・リサイクルショップでは扱えないものもあったから。
・安くあげる必要性はなかったから。

というのが大きな点かな。

処分が辛いっていうのは、
一旦仕分けに入った時、
薬とか、食べ残しとか、
汚れものとかは少しゴミ袋に入れたんですよね。

でもね。
ゴミ袋に入れていくの
けっこう心に応えるんですよ。

その点ベッドが介護保険で
レンタルしておいてほんとよかった。

ベッド見てね。
けっこう心が辛くなる人たちの話
聞いたことあったんですよね。
介護当事者の方から。

そこにまだいるような気がして、
とてもじゃないけど片付けが
進まないっていうのも聞いたし、

実際私の近しい人で、
奥さんが亡くなって何年もの間、
奥さんの部屋に入ることすら
できないままだった方がた。

それに友はすでに亡くなってる
お父さんの位牌とか、時計とかね。
遺品を持っていたりして。

でもそんなのリサイクルショップに
売り飛ばせないでしょう? 
ゴミにもできないし。

それに1つ1つ使えそうなものを
リサイクルショップにとやったとしても、
それで得たお金、どうするのって話ですよ。

自分のだったらそのお金で
ちょっとランチとか
帰りにお刺身買ってくかーとか
するかもだけど。

人のものだからね。
罪悪感でまくるでしょう?

ということで、
「遺留品処分業者」
に頼んで心底よかったです。

頼んでよかった理由は、

・片付けの間そこにいなくてよかった。
・捨てられていく様子を見ないで済んだ。
・貴重品や証明書など取り忘れてたやつもちゃんと
 見つけ出して渡してくれた。
・何もかもきれいにしてくれた。

というところでしょうか。 

ほんとあっという間にきれいになって。
友といっしょにアパート選ぶ前に
見に来た時と同じくらい。
きれいになって、もうそこには
友の香りも、面影も、何もなかった。

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まぁ引っ越して結局2か月半だったからね。
住んだのって。

でも明るくなったこの部屋を見て、
ああ、、よかったなと思った。

片づけをする前は、
モノが無くなって捨てていく様子を
想像するだけで、きっと号泣しちゃうんじゃないかって
思ってたんだけど。

全然泣かなかった。

そして弥生さんと心底、
「本当に」
やっておいてよかったね、、と
思ったのは、

「生前整理」

です。

このアパートに引っ越すために、
友の荷物は亡くなる3か月ちょっと前に、
一旦整理・処分してるんだよね。

その時はものすごーーーーい
荷物で、友もいろいろ捨てきれなくて。
あーだこーだいいながらも、
でも結局ばっさりと捨てた。

あの時整理してなかったら、
あの膨大な量の荷物を、
いくら遺留品処分会社にお願いするったって
すごい大変だったと思う。

だいたいこれはどうするのか、
これは残すものなのかとか
全然わからなかったと思うから。

残っていた衣服はだいたいあげたものか
最近買ったもので新しかったから、
着れるものは全て海外の支援に送ったし。

急に亡くなる人は仕方がないと思うけど、
もし何か余命がわかるような病気になったら、
自分もすぐ生前整理しようと思う。

残される人の負担を少しでも減らせるように。
そして自分の意志をそこに伝えられるだけの
量であるように。

押入れの奥の旅行バックから
友の宝箱がでてきて。

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開けたらそこには私がいたよ。

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なんだよ。
恥ずかしいじゃないか。

でもってこの奥には
友達が描いてくれた絵が入ってた。

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美しく描いてくれすぎだけども笑。

けっこう好かれてたんだなぁ友に。
特別聞いたことなかったから。

そして何より私と弥生さんは、
この遺品整理が終わった日から、

なんともまた不思議な感覚を感じたんだよね。 
また書きます。 

つづく。 


# by sarah_51 | 2019-01-19 22:06 | 友と私。 | Comments(0)