「脳転移」友とわたし⑮「合宿所で忍耐の日々!?」

友の転院先を考える際、
2つの選択肢を考えて
ソーシャルワーカーさんへ
お願いをしていた。

その結果「○○の方向でいこうと」
なった前回。



それは、

①緩和ケア病棟のある病院へ行く
②リハビリテーションが主な病院で
 かつ緩和ケア病棟を見学できる病院へ行く 

というものでした。

友の状態は子宮頸がんから
本当に少ない確率で脳転移し、
脳に部分照射がこれまた奇跡的にも
ギリギリできる範囲の大きさで、

放射線治療を受けられたけれど、
それが効果を出すのかどうか
2週間様子を見なくてはならなかった。

ただどちらへ転ぶのか。。
そのまま悪化していくのか、
脳の浮腫などの改善により、
もしかしたらまた家に帰れるのか。

どちらになるかわからない状態の中で、
「○○の方向」とは、
「リハビリテーションメイン」の病院で行く。
という結果だった。

選んだというよりも、
「そこしか空いてなかった」
というのが事実。

でも私はその事実は
きっと良い方向にいく。
そう思って友に準備をさせた。

だがしかし・・・。

私は以前その病院に旦那さんの
ばぁちゃんを入院させた経験があった。

すごく看護師さんとリハビリスタッフが
連携してくれていて、
話もスムーズだし良いことは良いのだが・・。

たぶん友はすごく嫌がるだろうなと
思ってはいた。

友も後にこの時のことを、

「わぁ、、、行きたくないなぁと思った」

と言っていたけど。

なぜならまず、友は運動が大嫌い。
リハビリメインと聞くだけで
まぁ、、、嫌そうwww 

それ以外にも、

4人部屋の病室のベットは
ほぼ隣の人とくっついていて、
横並びになっていること。

つまりまるで合宿所のよう・・・
当然荷物は最低限のみです。

次に、朝起きたらパジャマから
運動しやすい服または普段の
服に着替えて病室以外のところで
過ごしてもらう状態。

なので1日3回はリハビリがあります。
プラス自主トレも入るので、
食事時間以外、夜までほとんど
自由時間がありませんw  

しんどい時はもちろん寝かせては
くれるけど。

そして極めつけは、
ほぼ入院患者さんはおばーさま、おじーさま世代。
若者はいませんねスタッフ以外っていう。。

ほとんどが車いすの高齢者ばかりで、
入浴も週に2回くらい。。。。
友は若いので汗かくんですけどねっていうw 

はてさてどうなるんでしょうねぇ。
と思いつつ・・・。

でもこの頃友はメッセージでチャットとか、
周囲の人たちと会うことをとても嫌がるようになっていた。

理由は様々なものだけど、
とにかく友を知る人から離れて、
山ごもりするかのごとく

「自宅退院」

というわずかな望みのために
必死こく必要があったので。

このある意味自由時間のない
病院へ行くことは、

「面会どころじゃないんです!!!!」

という立派な理由になるわけで。。 

私も基本病院や本人から必要な買い物などで
呼ばれない限り友の自立のために
面会に行かないことに。

そして私はこの合宿所ならぬ、
リハビリテーション病院で
友にある期待をしていた。

それはこれまでとはちがう、
コミュニケーションの在り方だ。

なにせ、「彼女耳が聴こえないので」
と隣のおばーさんズに言ったところで、

「まぁそうなの?私もこっちの耳が
 聞こえなくてね」

ってそらあんた、耳が遠いって
ヤツでしょう?????ww

っていう状態なわけで笑 

でもここから本当に
何度目ですか!!!っていうほど、
友と私は、友に起きる様々な
ミラクルを経験することになるのです。

つづく 













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# by sarah_51 | 2018-10-01 00:22 | 医療と健康  | Comments(0)

あなたの知らない「チジミ」の世界 


ああ、本当になんともくだらない会。

▽韓国人のお店でチジミを食べつくす会 

を開催してしまった笑。 
メニューを見て、

「ここからここ、全部2個ずつください」

ってどんなセレブだよ。

っていうセリフを言ってしまったのは私ですw 
いやセレブじゃなくて、
ただの食いしん坊やろーっていうww 

「チジミだけですか!?」

とお店の人が驚いていましたがー。
「はい(*´▽`*)」 
と満面の笑みw 

一般的なチジミはこんなだろー

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そうだそうだ。
そしてこのニラチジミも、
マジ粉うっすパッリパリで
つけダレもうまくって。

マジうまかったっす。

しかしこっからは普通と
いろいろ違う・・。

これ。何チジミかわかります? 

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わっはっは。
わからないだろー!
そうだろそうだろー!
(なんで嬉し気w)

たまごめいてるんですよ。

でもって玉ねぎもたっぷりで
ふわっふわで表面はカリッカリなの。

でも中身は「海鮮」なんです。

もちもちふわふわ海鮮なの。
(大事だから繰り返しちゃうw)

次が驚愕すぎて・・・。

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福岡だからなの??
いったいなんなの??

イカ墨かと思いきや、
これ「のりチジミ」ざます。

その上に明太子がのってる。

こんれがですよー!
もうめっちゃ「のり率」高い!

韓国のりですよ。
たーーーっぷり
ごはんですよ食べてるかのごとく
入ってるんですけど、
明太子のピリっと感で、
タレをつけなくても食べれる。

口の中に磯野香りがぁああああ。

おいちいです。ハイ。

実は今回夜にしかない
チジミメニューがあって。

ズッキーニチジミと
山芋チジミ。

だからその代わりにと、、

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石焼牛丼頼んだのは私です笑。

あまーーーい石焼きでして。
チジミのタレが
ややぴりっとだったので、
ここで甘いご飯は
なんだかフルコースの
シャーベットのような、、、、w 

そしてー

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キムチチジミと

チーズチジミ。

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どちらもマジうまです。

最後にデザートも食べて。

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薄っぺらい食べ物なのに
ものすごい腹持ちがよくて
夕飯いらないわっていう。。

そして皆さん口々に、

「ちょっと歩いて帰るー」

となんと運動を率先して!!!
自ら動く動く!!

素晴らしい・・・。

チジミを端から食べつくすと
自然と運動意欲がわくというww 

いやーでもどれも
マジで美味しかったです!!!

福岡って韓国近いし
韓国人の人も多いので、

韓国のお店街とかあるように
思うかもですが・・・。

意外とそれがないんですよ。

なんでかしら?って
話になりましたが、

「近いから行った方が早いのでは?」

っていう結論にww 

船で2,3間ですからね~♪ 

ズッキーニと山芋チジミを
今度食べてこよう・・・。
気になって仕方がないww 

今日のお店はここ。

▽ハンアリ 

西鉄大橋駅からすぐですよ♪ 
家族連れやカップル、お仕事仲間など
夜もにぎわってるらしいですー。

ぜひぜひ!!


おしまい 









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# by sarah_51 | 2018-09-26 23:39 | 福岡よかとこ情報   | Comments(0)

「脳転移」と友と私「一気に3分で全てを決める」


放射線治療も終わりに近づき、
そろそろ転院しないといけない友。 


その前に治療効果をMRIでチェックし、
主治医の説明を聞くことに。

友の主治医は2人。

子宮頸がんの治療をしている婦人科の医師。
脳転移の治療をしている脳外科の医師。

その他に転院先や様々な調整を
お願いしているソーシャルワーカー。

その3者と色々な調整をする必要があった。
なぜなら、友は脳転移だけでなく、
肺にも無数の小さな転移があり、
婦人科の医師はこれに対して、
抗がん剤治療を再開したい旨を友に
以前から説明していた。 

でも脳転移が見つかり、
その治療の方が緊急性から優先され、
その結果次第、、というところがあった。

できれば転院までに
その3名と話をつけておきたい。。。
私はそう思っていたのだが。

なんと、まず病院に着いた際、
ソーシャルワーカーさんに
友の病室に向かうエレベーターで
出くわした。

あ!!
うわあ!!

のあと同時に互いの名前を呼び合って笑。

「あの件ですが○○の方向でいこうと」
「いいと思います。私は彼女にそれによって
 ○○を期待しています。これから脳外の医師と会います」
「それは良かった。ではこちらは進めておきますね」
「はい。お願いします」

と3分経たずに転院先での方向性を決定。

その後脳外の医師からの説明を
家族説明室なる場所で友と聞くことに。

「ここが脳のおできの部分ですね」

(やっぱりここでもおでき説明なのかおでき先生ww)

MRIの結果、聞けたことは、

脳転移の大きさは残念ながらまだ変化はないこと。
ただし、腫瘍の周囲が大きくむくんでいたものが
かなり引いてきていること。
放射線治療の効果は1か月かけて徐々に
出てくるため今後の変化も期待できること。
それまでは、抗がん剤治療はできないこと。
その間、治療が何もない人を
この病院では入院させてあげることはできないこと。

などだった。 

実際友の激しい頭痛はだいぶ収まりつつあったし、
ふらつきもあるけれど、当初よりは改善していた。

自覚症状と画像状態が一致して
改善しつつあることを確認できて、
友と私はおでき先生に2人で
深く頭を下げて喜んだ。

部屋を出る時私はおでき先生に、

「ご褒美に外でお茶してきます~(*´▽`*)」

と言ったら、いっといでいっといで、
ご褒美に笑。

と笑顔で見送ってくれた。

そして緊急入院から約10日、
久しぶりにシャバ?の空気を吸った友。

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迷いに迷って、その日からスタートしたという
秋のフルーツフェア?だったかな、
なんかそんなパフェを頼んだ。 

外出前、少しフラフラと買い物に
出かけたいと言っていた友だったけど、

結局私たちはほぼこのお店で
あれやこれやと話をしてあっという間に
時間が経ってしまった。 

そして私が友にもう1度確認したかったこと。

それは今後の抗がん剤治療のことだった。

友はざっくり副作用などの説明を
受けていたようだけど、
私が気になっていたのはそれによる
曼荼羅を描くことへの影響だった。

そして医師の診察室にいっしょに
入った時、非常に気になったのが、

友が医師が話すことをそのままただ、
「はい」
と聞いてることだった。 

もちろん頭が真っ白で
聞くこともない、、ということも
あるだろう。 

でもね。

自分の仕事に、
自分の人生に、
自分の生涯に、
その残りの全てに

影響があることだから。

「これから何をしたいのか」
「譲れないものはなにか」
「そのためにどうしたいか」

このことを友自身の言葉で
聞かなくてはと思っていた。

もちろん聞かなくても
私にはもうわかっていたし、
きっと誰でも友を知ってる人なら
わかることだ。

でもそれは私が言うことではない。

「あなたはこれしかないでしょ?」

なんて決めつけな話、
私はしたこともないし、
その人の人生だ。その人の言葉で
語るまで待つつもりだった。

そしてようやく治療経過がわかり、
友も色々考えた結果、

「曼荼羅を描けなくなるのだけは嫌だ」

とはっきり言ってきた。

友の気持ちを聞いて、
少し安堵しつつ病院へ戻ろうと
自動ドアをくぐった時、

私たちの脇をすり抜けた人がいた。

あ!!
おお~~~~~!! 

なんと、友の婦人科の主治医だった。

「先生、放射線の治療効果がだいぶ出てきていて。
 かなり歩けるようになったのでご褒美デートしてきました!」

と私は言った後、

「今後の治療ですけど今の予定は前と、、」
「そうですね、同じ予定で2週間後に
 抗がん剤治療をしにここに戻ってきてもらう予定です」

その当たり前に進められる感じの予定を
聞いた時、私はぐいっと先生に詰め寄って、

「先生。彼女曼荼羅のアーティストであり講師なんです。
 次の薬○○系の薬でしょうか。もしそうなら、
 神経のシビレによる作品を描くことへの影響が心配です。」

そう言ってぽかーんとしている友に、
はよ出さんかいボケ!
と言わんばかりに携帯!ほら携帯!!

と指でほらほらとしながら、
友の作品を主治医に見てもらった。

「これは・・・・・」

主治医の表情がまるで変わり、
「これは彼女が描いてるんですか?自分で??」
とその素晴らしさに驚いてくださった後、
はっきりと、

「これは描けなくなりますね」

と言ったのだった。
やはりだ。

「ですよね。それが1番心配でした。
 彼女先生にそういった話はしてませんか?」
「いや聞いたことがなかった」
「見ていただいてよかったです。一旦転院しますが、
 その後の治療はすぐに開始予定ではなく、
 再度本人と診察でご検討いただけますか?」
「そうですね。そうしましょう。」
「肺の方は小さいですが慌てなくても大丈夫です?」
「そうですね。まだ小さいので様子見も可能と思います」
「わかりました。また戻ったらよろしくお願いします」

そう言って友に先生はじゃあまたね、と
声をかけて立ち去った。

この間3分なかったため、
友は終始ぽかーーーーーーーーんとしたままで、

私はその会話の内容を部屋へ戻りながら、

「抗がん剤はしなくてもよくなった。」

とだけ言って病室でさらに詳しく理由などを
説明したところ、( ゚Д゚)←こんな顔になって、
驚いて、

あんな短い間に!!!
マジか!!!

と言っていたけど・・笑。

でもそれもこれも、
友に関わる必要な医療者に
一気に会えて、しかも友にどうしたいかを
ちゃんとパフェ食べながらも聞いてたおかげで、

いきなりであった主治医にも
私もぐいっといけたわけで・・・。

アルハムドリッラー。
スブハーナッラー。

こうして友は週明け転院することになった。

私の思惑を知らないままに・・・。

つづく 










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# by sarah_51 | 2018-09-22 20:32 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑬「より強いつながりへ」


色々な期待を込めてあえて離れた出張期間。


正直私の体はボロボロで。
出張準備が全然できていなかったけど、
かなり色々な責任を背負った出張で。

29年ぶりの新薬にかける想いなんて話を
大手製薬会社の全社員の前で講演していました。 
その日の朝調子が悪く、
血液製剤を打ってもらった後の講演で。
この日の東京は体感温度は40度近い状態で
ホテルに着いた後もしばらく
身動きできないほど出し切った感じだった。

そんなこんなで友と連絡を取る余裕もなく。

戻ってからもすぐには行けそうにないからと
数日行けない旨を伝えていたのだけど。

自宅に着いて1日休んだら、
やっぱり色々気になってしまって。
特に、だいぶきつく色々調べて
決めるよう言ってしまっていたので。

結局1日早くに友に何も伝えず
病院に行ってしまった。

私はいつもカーテン越しに
手だけ入れて、友に挨拶する。

声をかけて「入るよ」と言えないためだ。

いつものように手を入れて
カーテンを開けると、友がめっちゃ驚いて、

でも2人で自然と大きく両手を広げ合って、
気が付いたらハグしていた。 

「無事にまた会えた~」

と友が声に出して言うもんだから。
友は友なりに、私の体調や出張や
いろんなことを心配したり、
考えたりしてくれたんだなと。
その一言でとてもよくわかった。 

2人ともきっとそのままだと
涙が出そうだったんだろう。

なんかそれをごまかすかのように、
あれこれと話をしだして
友はノートを見てくれ見てくれと
言わんばかりに見せてきた。 

そこには、私が出していた宿題。

葬式の方法や埋葬方法・場所、
荷物の整理方法や業者の選定など。

まーアホみたいに几帳面に
いくつもの業者の名前と連絡先と
住所などがびっちりノートに書いてあって。

まるで小さな子にするようだけど、
頭をよしよし、よしよしとなでてしまったよ。

正直どれもすでに私も調べていた内容だったけど、
私にとってはそれを友が「自分で」
調べて考えたことが1番大切で、
1番嬉しいことだった。 

だから内容が大事なのではなく、
それを「やった」その結果を見て、
もうあとは「わかった」とだけ言って、
全部私が代わりに電話して最後まで
やることにした。 

それだけではなかった。

もう1つ出していた宿題である、
筋力トレーニングの成果だ。

ちょっと歩きの様子も見たいけん、
廊下歩いてみてくれる? 

そう言うと友はさっと立ち上がって
カーテンを開けて、くるっと回って
またカーテンを閉めた。

「これはかなり改善してる」

ターンするのはとても難しいのだ。
頭痛やめまいがあるとなおのこと
バランスを崩しやすく、
向きを変える時ゆっくりになりがちだ。

でも友の動きはとても素早くて。

実際歩いてもらっても、
かなりスピードもアップしていたし、
ずっと手すりを持たずとも
歩けるようになっていた。

「やるじゃーん!」

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まだまだ猫のしっぽが見えるみたいな
歩きだけどなー!笑 

でも友の動きだけでなく
会話やいろいろな点で、
友は何段階もレベルアップして、

「自分で生きていく」

その気持ちを大きく持った気がした。
また、友自身もとても自信が
ついているようだった。 

そのがんばりと、結果に私は

「外出させよう」

と決意し早速看護師さんへ伝えた。

友にご褒美はもちろん、
今の自分自身の体力や状態を
理解してもらうにも外出は
とても良い体験リハビリになる。

そう考えたからだ。 

私が理学療法士ということもあり、
必ず私が付きそうという条件で、
早速許可も下りたが同時に、
主治医がMRI検査の結果を
私が同席で説明したいとのことで、

翌日主治医の説明を聞いた後
外出することに。

それはまた同時に出張前に出ていた
今後の治療と転院先の調整なども
決断する時でもあった。 

私はその「治療選択」をするにあたり、
友にどうしても再度確認したいことがあり
そしてまたそれが私の気がかりでもあった。

でも全てはまず明日の検査結果を聞いてから。

そう思いつつその日は久々の
再会を心から喜び、どことなく
友と私は前にも増して「あうん」の呼吸で
色々なことを進めていけそうな気がしていた。

アッラーにその結果が良いもので
あることを祈りつつ・・・ 

つづく 












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# by sarah_51 | 2018-09-20 23:26 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑫「互いのスタンスの切り替え」


甘えるなー!
とちょいとキレた私。
私が余命の告知を受けた人に
あれほど休ませる暇なく
あれこれ言っているのには
それなりに理由もあった。

私の出張前にとばかりに主治医と
ソーシャルワーカーは私が
病院に来るなりすぐに捕まえては、
今後の話を会議する日々が続いていた。

なぜなら。

放射線治療が終われば通常は退院する。
効果がわかるには1か月ほどかかる。

次の抗がん剤をするにしても、
その間は治療を開ける必要があり、
治療を何もしない人をただ
入院させるわけにはいかないという話だ。 

でも今の状態では友はとても
自宅に帰ることなどできない。

その場合どうするか。
どの病院に転院し、
なんのために、どのようなことを
してもらうのか。

どの病院へ行くのが今の友にとって
最も良い環境となりうるか。

放射線治療の効果が読めない状態の中、
どっちに転んでも良い場所を選んでおきたい。

リミットは入院から2週間となる、
出張明けの後数日しかなかったのだ。 

でも同時に私の体もやや限界を感じていた。

8月の猛暑続き。
友の病院は都会のど真ん中にあって
駐車場から少しだけど歩かないといかん。

5分外を歩くだけでもすごく疲労してしまう中、
ほぼ毎日のように何かしら呼ばれたり
用事したり、なんだりで通っており、

緊急入院からのその数日とはいえ
私にも自分の優先順位たるものを
取り戻さないといけないと思い始めていた。

主治医に付き添って欲しいと言われてから
ほぼ仕事は断っていたし、
ほとんどの時間を友のスケジュール中心に
動いてた私。

帰宅するとドターっと倒れては、

「疲れたーーーぁ」

と言える日もあれば、
それすら言えずにあれこれ考えながら
調べたり友とチャットする時間がほとんど。

そんな様子を見て、旦那さんがひと言、

「しなくてもいいことするからだ」

と言い放ったのだ。

「どんなに大事な友にせよ家族じゃない。
 ほんとなら何もしなくてもいいはずだ。
 彼女も大人だろう?なんでそこまでする必要があるんだ」

この言葉の裏には、
私が私自身の体調や旦那さんのこと、
仕事やその他よりも友を優先していることへの
不満もあっただろう。

でも何より私の体調を心配していることは
とてもよくわかった。

友にも心を決めさせてるのだ。
私も「自分がしなくては」という
思い込みから離れよう。 

そう思い入院してから友の家のことや
時々用事をお願いしていた手話通訳士の人とも
現状を伝え、私たち自身もスタンスを
変える時期に来てるということを話し合った。

そこで出た言葉の中に、

「当然何かしてあげたいという思いがあった。
 でも身体はとても疲れていて・・」

というものがあり・・・。
聞けばその方も家族の介護や様々なことが
大変な中で友のためになるならと
合間をぬって時間を作ってくれていた。

「そんなムリして根詰めなくても大丈夫。
 きっと友は切り替えてくれる。
 私たちも自分と自分の家族を優先しよう。
 疲れた日は疲れたから行けない。でいきましょう!」

というようなことを伝えた。 

「してあげたい」

は時々自らを苦しめる。

それができない時、
それがうまくいかない時、
それが良い結果にならない時。

などなど。 

でもうちの旦那さんの言う通り、
「しなくてはいけない」
ことなど何一つなかった。 

友は私たちにとても依存していたけれど、
私たち自身も友に何かをしていることで
なんとか切り抜けているように
錯覚していただけかもしれない。 

介護時期からヘルプ時期へ。

出張期間は良い転換期になる。
きっと・・・。

そして私は出張明け、転院先の病院として
あることを期待して2つの病院を選び、
ソーシャルワーカーへ空きがあるかどうか
確認しておいてもらうよう伝え、
出張に出たのだった。 

そしてこの選択は本当に
想像以上に転換期となるのだった。 

つづく 


 








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# by sarah_51 | 2018-09-18 21:45 | 医療と健康  | Comments(0)