母と兄の行動

アッサラ―ムアライクム!!
みなさんに平安がありますように!!


震災・その時家族は・・・シリーズ第2弾です。

  (   ってそんなたくさんいないので、すぐ終わりますが・・・   )


最初の地震があった時、母はデパートに買い物に行ってたそうです。

父の服はジャスコとかで購入していた母ですが、
最近ではユニクロで購入しています。いや~いい物買ってあげてますね!お母さん!!

というわけで当然ながら(?)婦人服売り場にいたわけですのよん。

で、例の地震・・・。


私が連絡が取れたとき、母は家までの道を歩いているところでした。



       やーーーーあんた!!!




       床にはいつくばったわよ!!!!



と第一声・・・。

ずっと連絡が取れず、ようやく連絡取れたと思ったら、
そのお怒りぶり・・・。
おーーーー元気でよかった・・・と安堵したのであります。


母曰く、床に皆がはいつくばり、きゃ~きゃ~となって、
もうこの世も終わりだわーーーーーと思っていると、
店員さんたちが皆で、



     この建物は安全です。頑丈にできてます。


     落ち着いてください。皆さん、落ち着いて!


と言ってくれたそう・・・。


そうこう思っているうちに地震がおさまり、そうか安全なのか・・と
へなへなしていると、また店員さんが、




     どうやら2階の方が安全なようです・・・・



と移動させられ、
その後またすぐに、



      皆さん、外の方が安全ですので、落ち着いて外に出てください



と放送があったそう・・・。


これには婦人服売り場に一緒にいたおばさま方も苦笑・・・。



      最初の頑丈だって言ってた話はどこへいったのよね~



とおばさまパワーでぶつぶつ言いながら皆で外に出たそうです。
で、おばさまの一人が、



      地震で駅がつぶれたって話しあんまり聞かないわよね?



と言うので、またもや民族大移動・・・ならぬおばさま大移動・・・。





      え!? 電車止まってるの???



と地震が大きかったことや、その日電車が動きそうもないことなど、
いろいろと情報を駅員さんから聞いて、歩ける人は歩いて帰ろう!!
ということになったそうな。


で歩いているところへ私と連絡が通じ、一気にしゃべるだけしゃべって、



      じゃ、あたしそんなわけで、歩いてるからじゃぁね!!



と切られましたのよん。


その頃兄は・・・・と言えば。




      途中で自転車買って帰ってきた  ・・・そうな。





実は兄がいた場所と母がいたデパートはほぼ同じ場所・・・。

保育園に息子を預けていたこともあって、
急いで帰ろうと兄は兄なりに頭を使ったのでしょうが、
それを後で聞いた母は、



     もう! あの子ったら自分だけさっさと帰って!!



とマイナス点をくらうこととなりました・・・。


結果的には二人とも無事に家に辿りついたのでよかったですが。

それにしてもなんだかんだ言って3時間くらいを歩いて帰ってきた母は
よくがんばりました^^

まだまだ長生きしそうです。


おしまい
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# by sarah_51 | 2011-03-25 17:57 | こんなことがあったよ!! | Comments(0)

京都・・・

アッサラ―ムアライクム!!
みなさんに平安がありますように!!

震災によってみなさんが、たくさんのお祈りをしていることと思います。
どうかその祈りが受け入れられますように。。。


先日さあらは旦那さまと一緒に京都に行ってきましたよん。

でもですね。。実は京都という場所は幼いころから鬼門。。。

滋賀県に実家のあった母に連れられて何度も京都におりましたが、
いつもじんましんになったり、熱が出たり、おなかが痛くなったり。。。

それでも今回は師匠に会いたい、、、という旦那さまの希望により出かけました。

無事に師匠に会えてアルハムドリッラー、さてさて帰ろうか、、という頃に。。。




      きたよ、きたよ・・・きちゃったよ。



      胃が痛い・・・・・



痛みは猛烈にひどくなり、新幹線に乗っている間も座っている事が
ままならず、前になったり横にしたり、いや座ってみたり。
体中がしびれてきてしまい、さすりたくても手が上手く動かないし。
胃だけがしびれがひどく、ぎゅーぎゅー締め付けられてました。



      とにかく耐えるしかないな・・・




やっとの思いで家に着いてベットに横になろうにも、
痛みで横になれず、よつばいになったり、座ったり。。。。

ビスミッラーと言いながら痛みのある部分をさすっているけど、
ファーティハ章でも読むほうがいいかな?
と思い、さすりながら繰り返し読んでいました。


どれくらいたったのかわからないけど、
ふと目を開けると、仰向けにベットの上で足をのばしていました。




     あぁ。過ぎたのだな・・・・・




足が伸ばせるという時点で腹痛の場合はずいぶん楽になっていることが判断できた。


ふと脇を見ると、

旦那さまがベットの脇でさあらの手を握ったまま、
頭をうなだれているではありませんか。



      私はもう大丈夫です。アルハムドリッラー。


      心配をかけましたね。



そう言うと、気がついたようで、また涙していたようでした。


      もう大丈夫です。


      今はどこにも痛みがありません。


もう一度そう言ってから、ふと思うところあり、



      ドゥアーはしましたか? 

と聞くと、


      もちろん・・


と旦那さま。
それを聞いて、私はアルハムドリッラー、とてもうれしく思いました。

そして私は、


     あなたのドゥアーをアッラーがかなえてくれましたよ。

     アルハムドリッラー。


     あなたは前よりもっといいムスリムになりましたね。


と言いました。


なぜなら、旦那さまは以前から、




     僕のドゥアーは叶ったことがない・・・・




とドゥアーをすることに積極的ではなかったからです。
彼が理解できる方法で、祈りを受け入れてくださったことがとてもうれしかったのです。



     一生懸命お祈りすれば、必ずアッラーは叶えてくださいますね。



そう言って私はもう1つ、私は旦那さまに聞きました。


     心はすこし穏やかになりましたか?


     うん・・  


と旦那さま。

私はまたうれしくなりました。


     それでは、アッラーは私の願いもちゃんと叶えてくださいました。


     アッラーは本当に公平ですね。


私はすでにムスリマとして自分の体はいつどうなろうとも受け入れるつもりですが、
それをそばで見ているのは、とてもしんどいのではないかと思い、
旦那さまについてお願いしていました。

それもまた同時に叶えてくださったとわかり、とてもうれしく思いました。



このところ仕事の事や地震などで、心穏やかでない日々が続き、
どこか疲れきっていたように思います。

アッラーは私の病を通し、私たち夫婦に

人はすぐそばにいる人へでさえも、
互いに無力であることを教えてくださいました。

そしてその後で、無力であることを本当に認識し、一生懸命に祈れば、
必ずその祈りに答えてくださるという事を示してくださいました。

そしてまた、いつでもその採決は公平なのであり、また神さまによってのみ、
平安をもたらしていただけるのだという事を教えてくださいました。

スブハーナアッラー そして アッラーフアクバル。

 ( 神さまに讃えあれ そして やっぱり 神さまは偉大だ!!!  )


本当に私たちは神さまの元へいつか帰ります。
どうか、私たちの罪をお赦しくださいますように。
どうか、私たちがあなたを忘れず、あなたに感謝することができますように。
恩知らずの者となりませんように。

すべての人々に強いご加護と共に平安がありますように。


すばらしい事を学んだ京都の旅でした。


おしまい
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# by sarah_51 | 2011-03-22 18:08 | おでかけのこと♪ | Comments(2)

計画停電

アッサラ―ムアライクム!!
皆さんに平安がありますように!

今日は朝からうれしい、うれしいニュースが入ってきた。




        第4子誕生!!!




当然ながら、さあらにいきなり4人目の子ができるわけはないので、

これは私が家族のように思う同胞からのめでた~~~~~いお知らせ^^


  ( んまぁ、それくらいわかるですね、はい。。  )


朝からうれしさと感激と実は心のどこかで心配していたのとで、
自分でもよくわからないうちに号泣してしまった。。。




        マーシャーアッラー。。。



昔から、子は国の宝と言われてきたけど、
地震と津波によって多くのの人が亡くなってしまった今、
こうやって新しい命が誕生したことを心から嬉しく思う。

    


      あぁ、本当に宝だな。。。と思う。





地震の影響で家族の絆が強くなっている今、
来年たくさんの、





      計画停電ベイビー  





が生まれてきてくれることを本気で願っている!!!


おしまい
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# by sarah_51 | 2011-03-18 17:43 | こんなことがあったよ!! | Comments(0)

父の行動

アッサラ―ムアライクム!!
皆さんに平安がありますように!!

日記はちょっと控えていたけど、
地震のエピソードを少しずつ残しておこうかと思い書いてます。

今日は我が家の父についてです。

うちの父は水道局で働いていたこともあってか、
私が小さいころから、やたらと水はいつも保管してあった。

玄関や廊下にも水が置いてあったりするので、
狭くなるとよく母は嫌がっていたし、現に邪魔と言えば邪魔だった。

時々水質調査?なんかもして見せたりして、
始めこそ面白がったものの、何度も見せられると、
子供心に


       仕事自慢か?


という気がしてあんまり関わらなくなった。

  (  ごめんよ~父さーん   )

お風呂の水も直接蛇口から入れたことはないし、
必ずポリタンクなどに保存しておいた水を使っていた。

他にも父はやたらと貯めこむのが好き。

鉛筆とか消しゴムとか、今じゃめったに使わない、
赤青鉛筆とか結構貯めこんでいる。

カレンダーなんてなんであんなに貯めこむのかわけがわからないけど、
電気カーペットの下に敷いて?あるので、きれいに伸びていて、
いつでもすぐに壁掛け可能。

お菓子の箱とかは食べる前に、開けたらまず何に使えるか
考えているのも普通だ。

そして、何か買ってくるときはいつも余分に買ってくるので、
いつ使うのだ!と思うような封筒やらノートやら、切手とか、
まぁとにかくそろっている。

100円ショップに行く前に父に訪ねるのがよいと
私もようやくわかるようになった。


が!!


今回の地震で、
その父の貯めこみぶりは、


   「   備蓄    」


というすばらしい扱いを受けることとなり、
父は大変満足気である。


水はあるし、電池もある。
さすがに断水の後水が出た時には、お風呂の水が足りず、
直接湯船に濁った水をためたそうだが、



 「  まるで有馬温泉だったぞ!   」




と言い、鉄分多いお水で身体にいいかもな!
などと心なしか??いや確実に喜んでいた感じだった。

予備で買う癖がついていたおかげで、
たまたま地震の前に買った玉子がまだ2パックもあるそうだ。
一つはゆで卵にして大事に食べるのだそう。。。

牛乳をいつものように予備も合わせて買おうと思ったけど、
おひとり様1パックの案内に、まぁ仕方あるまいと納得して帰ってきたそうだ。

結構楽しく過ごしてるじゃん。

と思って周囲の様子を聞いたら、


    団地の中の神社の鳥居は倒れたよ


とか


    近所の瓦屋根は落ちて寒いらしい


とか。。。


おおお。。。。

それなりに揺れたのではありませぬか、父上。


しかし私は確信しました。
戦後とは言え、貧しい時代を東京で生まれ育った父は、
それなりに苦境を楽しみつつ、俺ってすごいなどとも思いつつ、
無事でいてくれるのだろう、、、と。

何よりよく娘の私からよく電話が来るので、嬉しそうだけども。


地震によって我が家は活気づいているようにさえ思う。


どうか皆さんのご家族にも平安がありますように。


おしまい
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# by sarah_51 | 2011-03-17 21:22 | こんなことがあったよ!! | Comments(2)

出会い ~戦場カメラマン~

アッサラ―ムアライクム!!
皆さんに平安がありますように。


今日は朝からマジメなさあらです!


先日、アフガンについての講義を聴きに佐賀大学に行ってきました。

戦場カメラマン&ジャーナリストの久保田さんのお話です。



       あれ? 戦場カメラマン って 

       そんな名前の人だったけ???




とお思いのあなた。。。。

その方は今童話を読んでいますので(笑)


え~?知らなーいって方はこちらをどうぞ。

☆http://kubotahironobu.blog53.fc2.com/blog-entry-368.html
  ( フォトジャーナリスト 久保田弘信 公式ブログ )



正直言って、アフリカ難民の話や映像、写真なんかはたくさんあって、見る機会も多いと思う。

でも戦場で何が起こっているのか、そこで暮らしている人たちは
いったいどうしているのか、、ってことは私たちには全くわからない。実感もない。

一生懸命にアンテナ張って、情報を得る必要があるし、日本では
そういう知り合いでもいなけりゃ、一生の間に関わることもないように思う。

私も久保田さんや常岡さんとお会いする機会でもなければ、
きっとニュース見て、ほげ~って思っておしまいだったと思う。


ただ、ドキュメンタリー見てもそうだし、こういうたぐいの写真や、
それを仕事にしている人の話や映像を見ると、つい思ってしまう。。。



     なぜ、そうまでしてやっているのか



こればっかりは、彼らにしかわからないことだけど、
少なくとも久保田さんは、生まれたばかりの小さな子供を「助けられなかった」経験があり、
その事がずっと頭から離れずにあり、行きたくない事もたくさんあるアフガンへ、
足が向かってしまうのだそう。。。


そう。

ここで私はぐるぐる考えましたよ。


さて。何が自分にできるのか。
何から始めたらいいのか。

正直アフガンという国について全くもって知らなかったと言っていいでしょう。
ニュースによる情報くらいです。

戦場という場所が大変だ、、ということ位はわかっても、
リアル体験があるわけではないので、何を話してもそれは「知ったか」でしかないでしょう。

また、直接、または間接的に知人でもいない限り、その国の人たちへ
心をずっと沿わせていることは難しいでしょう。

また彼らの貧しく大変な生活を映像で見て、日本で同じように生活し、共にがんばろう!
的な発想も無意味でしょう。

それでも、偽りや見せるための映像ではなく、
現地の「真実」に触れたことで、今まで疑いの心で考えていた「支援」というものについて、
何か考えるきっかけをもらえたと思う。

そういう意味でも、また、「知ること」ができた、、という点でも、
講義が終わった後、なぜだかすがすがしい気持ちだった。

少し自分の中で何かが変わったように思う。

あの映像を見てから、

朝顔を洗うとき、洗面所の水を見ると、
映像の中で水を汲みに行かなくてはならない子供たちの顔が目に浮かぶ。

でも当然ながら、私は今彼女たちに何一つしてあげることはできない。

けれども私は、目の前に水があるということ、、に感謝し、
彼らを思い無事を祈ります。

我が家には毎食何かしらの食べ物があります。
無意識だと、わ~いただきま~すであっと言う間の時間です。

彼らのことを思えば相当な贅沢です。
かといって、今すぐ彼らにこの食事を分けてあげることもできません。

ただ目の前に食べ物がある、、ということに感謝し、
彼らの無事を祈ります。




      私のそのような願いは届くのでしょうか??



真剣にお願いごとをしようと思ったら、やっぱり自分自身を見直しちゃいます。

怠惰で、食べてばかりで、ぐーぐー寝てばかり。
やることもやらずにいる私の願いを神さまはかなえてくださるだろうか???

そう思ったら、ほんの少しでもいいから、
できることからやろうと思えてきました^^

いきなりなんでもできるのもではないし、
完ぺきにやろうとしてもできないし、
それじゃ続かない。

それでも、自分たちより苦境にある人たちを想い、私がこうして生きていることに感謝し、
マジメに働いて、愛情たっぷりに心を豊かにして、いつも誰かの心に寄り添うことができたなら、



 
         なにかの一歩につながる

     


と思うのです。


アッラーよ、どうか私の心に豊かな愛をお恵みください。
私があなたを忘れず、あなたに感謝し、善い行いができますようお力をおかし下さい。


おしまい
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# by sarah_51 | 2011-03-06 11:24 | こんなことがあったよ!! | Comments(0)