私と中田先生夫妻

アッサラ―ムアライクム!!
皆さんに平安がありますように!!

え? 

なんで中田先生の話??

と思うなかれ・・・。

神さまってすごいな~~~と思ったことが起きたのでちょっとご報告・・。
しばしお付き合いくださいませませ。

************************

私が旦那さまの師匠である中田考先生とその奥さまである故中田香織さんの存在を知ったのは、ムスリマになってからまもなくであったと思います。

当時の私は自宅で密かにムスリマをしていたので、
ネットとこっそり買った本でイスラムについて読みあさる日々でした。

その時、たまたま中田先生のホームページに出会いましたが、
信仰するものとしてまず読む・・というものよりも、神さまを学問としてとらえて研究なさっている内容で、当時の私にとっては難しく(まぁきっと今もでしょうが)
私にはまだ早すぎる・・という印象でした。

数ページ読みましたが、単語の定義がきちんと理解できていない私には、
やはり難しすぎてしまい、いつか読めるようになろう・・とお気に入り登録だけして
今に至ります・・・。

それでも、先生の難しい文面の中にいわゆる「小難しさ」は感じず、
学問としての神学を極めながらも、その言葉のどこかに妙な「優しさ」を感じていたことが記憶にあります。

恐らくその同じページ内にあった奥さまの文章をその時ほんの少し目にしたように思います。
夫の中田先生とは違い、非常に頭に入りやすく素人の私にも読みやすい日本語なのですが、その優しい言葉とは別に内容は己に厳しく芯の強さを感じたことを覚えています。

そして日本人であり、またご夫婦でイスラームについて研究しムスリムとして生きている方がいるのだな・・・そう思ったことを覚えています。

それからずっとお二人に触れる機会もなく、本を読む機会もなく過ぎていくのですが・・・。

心のどこかではお会いしたいなぁと思っていました。

モスクに行けるようになり、急速に友人ができるようになると、
どこからともなく、「ハサン先生」とか「中田先生」と耳にするようになりました。

すでに始めていたツイッターで先生のことはフォローしていましたが、
当然面識はありませんし、あまり接点もなかったように思います。


       でも会ってみたいなぁ・・・。 



心のどこかで興味津々でした。

そしてその日は突然やってきます。

友人が、たまたま実家へ戻ってしまう方がいるとかで、
その送別会の席に中田先生も来るそうだけれど、一緒に行く?
と誘ってくれたのです!!

当然答えは即決



      行く行く!!!



でした(笑)。ミーハーです・・・。

正直私は先生のお顔も知りませんでしたので、
友人任せに待ち合わせのホテルのロビーに行きましたが、
たくさんのあれはなんでしょうね、修学旅行生だかなんだかにまぎれて、
ごちゃごちゃした中で、

「アッサラ―ムアライクム」

と声をかけてくださったのが先生でした。




         ありゃ・・・かわいらしい(笑)





それが第一印象でした。

皆が集まるまでの間に名刺を交換しましたが、
その場で先生は私の名刺をなくして、あら?あららら?と探していたかと思えば、
早口ながらもいろいろなお話をしてくださって、
あ~頭のいい人っていうのは違うのね~と思いました。 

    私は何を会話したかですか??

え~たぶんほとんどが、先生の痛風の症状と対処法・・だったかと・・・(笑)

イスラムについては、私の両親がまだ大反対のさなかにあったので、
その事を話すと、あっさり、

     大丈夫ですよ。インシャーアッラー。

とにっこりされたことを覚えています。
何をどうしたら、大丈夫なのかさっぱり意味不明でしたが、
なんだかあの


      「にっこりかわいい微笑み」


にすっかり、

「そうかもな、インシャーアッラー」と思ってしまいました(笑)

その衝撃的な?出会いの後にエジプトに行かれた先生に
私はツイッター上で、

さあらに誰かいい人いたら、首に縄つけて帰ってきてください

とお願いしたのであります・・・。
一度しかあったことない人に、しかも大学教授に言う言葉とは
思えない失礼でずーずーしい発言をしましたが、

なんと、


      「  福岡へ飛べ  」


とミッションを送ってくださり、まんまと今の旦那さまをゲットできたのでございます^^

もちろん結婚に関してはありとあらゆる方にお世話になり、
どの方が欠けても、結婚に至らなかったと、いつもいつも私と旦那さまは
話しています・・・。
こちらの奇跡?はいつかまた・・・。

さてさて、では奥さまの方は?というと・・・。

実はお亡くなりになっていた・・ということをさあらは、
先生とお会いした後に知りました。

恐らく、誰かが亡くなった時にいう言葉と祈りの言葉を探して言ったのも
この時が初めてだったと思います。

     お会いしたかった・・・

心底そう思いました。

その後お会いしたムスリマの方たちからも、
奥さまに影響を受けたことを話してくださる方に出会い、
その体験談や言葉や応対、どれをとっても、

    祝福されていた方だったのだなぁ・・・・

と思い、
私も文字からでもいい、その方に触れてみたい・・と思っていました。

彼女の言葉などを通して、神さまにもっと近づきたい・・そんな心境でした。



      で・・・。

      届いたんです。

      中田香織さんから、本が・・・。



ってかなりびびる表現ですが・・・。

実は中田先生がアフガンは行くために本の整理をしていると聞き、




   「  さあらの勉強になる本があったらください!!  」



とお願いしていたのです。

  ( 相変わらず、ずーずーしい・・・すみません・・・ )

先生からは、

「了解」

とだけ返信がきましたが、
お互いに、どんな本がいいとか、誰の本が読みたいとか・・・
何もやりとりせずでした。

正直本が届くまでの間、ちょっぴり思いましたよ~~~。


   超~むずかしい本がきたらどーしよーーー。


   アラビア語の分厚い本とか・・・


私がその本を受け取った時は礼拝中でした。
いつもなら、きっと無視したかもしれない、
ピーンポーンですが、
考えもせずに中断しそのまま玄関に出向いていました。
宅急便か・・・。うわ、礼拝しなおさなくちゃ・・・。


そう思ってふと差出人を見ると・・・。


    差出人 中田香織


と印刷されてあるのが見えました。


どれだけ感激して涙が出たのかその気持ちは言葉では
表現できません。

そのまま礼拝用のマットにサジタし、神さまに感謝しました。

先生にとっては、ご自宅にあった宅急便用の用紙を使ったに過ぎないかも
しれません。
私がどれほど中田香織さんという方に会いたいと思っていたか、
その方の文章を読んでみたいと思っていたか・・・先生はご存知ないかと
思います。

でもその包みを開けてみると・・・。

そこには、中田香織さんが書いた本。
それと中田先生が書いた本。
それからイスラームがわかる初歩の本。
また婚姻に関する事が書かれている本。
そして預言者さま(SAW )の事などが書かれている冊子。

実は、この冊子の類も以前目にしたことはありましたが、
読む機会がなく、読んでみたいなぁ・・・と思っていたものばかり。


そして・・・
なんと入信記。

先生や奥さまのはもちろん、
いろいろな方のイスラームへの入信記が書かれている冊子でした。

目次を見てびっくり・・・。

その中に載っていたのはなんと、


    私の旦那さまの入信記でした。


神さまは本当に私たちの心の奥の奥までご存知ですね。
そして望むものを、またそれ以上のものを、
現世で、または来世で授けてくださいます。
そしてそれはいつでも最善のものであると・・・。

神さまは中田先生夫妻を通して私に、今の私にぴったりの、そして望んでいた
ものよりずっとずっとすばらしいものを送ってくださいました。

もしも、差出人が

「 中田考 」

であったなら、きっと旦那さまが、
なんでさあらさんにだけ?
と師匠から何もなかったことを残念に思ったことでしょう。

そして、この本が届いたことにより、
私は寝室と別の部屋に本棚を用意しました。
それにより、旦那さまは部屋が広くなったと喜んでくれました。

実はその数日前から、いつも旦那さまが部屋が狭く感じると
言っていたのです。

どうでしょう??

こんなことが予期できたでしょうか??

神さまはいつでも私たちに最善を授け、また、公平な御方です。
私にも、旦那様にも贈り物をしてくださったのですから。

こんな小さなことと思えることにおいても、
いつでもその公平さと慈悲深さに驚きと感謝でいっぱいです。
アルハムドリッラー。

どうか私たちをいつもそばで見守ってくだいますように。
私たちが恩知らずな者となりませんよう、いつも感謝し、善い行いができますように。

私にすばらしい贈り物をしてくださった中田先生に多くの祝福がありますように。
天国で奥さまと再開し、またすばらしい夫婦として平安と共に過ごすことができますように。

おしまい
[PR]

# by sarah_51 | 2011-04-07 19:23 | こんなことがあったよ!! | Comments(0)

こころの動き

アッサラ―ムアライクム!!
みんさんに平安がありますように!!

震災によって本当に個人個人、それぞれにいろいろな想いがあると思います。


さあらと旦那さまは、最初の地震を自宅のテレビで知りました。
普段昼間にニュースなんて見てないのですが、
本当に偶然つけていたのです。
でも、いつもの地震速報・・・と思って見た後に、



   震度 7 !?!?!?!?!?


とびっくりたまげて、あわてて実家へお互い連絡をとりました。

本当にたまたま直後だったために、いったん連絡は取れましたが、
それから数日連絡はとれなくなりました。

     なんだ!?!? いったいどうなってるんだ!! 


そんな気持ちで、ずっとテレビをつけっぱなしにし、
日本地図の周りが津波警報の赤で変わっていくのを見ながら言葉を無くしていました。

それはまるで映画を見ているような不思議な光景で、
現実のものとは思えない感じでした。

それから3日くらい。

いろいろな人の安否を確認したり、日本語学校の時の生徒さんに連絡し、
特に一人暮らしの子にはスカイプで連絡を取りながら、
帰宅までの誘導をしたり、励ましたりしながら夜を共にすごしました。


    何かできることはないのか ??? 


と情報を集めたり、配信したり・・・。

その間、身体は異様な緊張感にあり、力が入りっぱなしで、
心臓のあたりはそれとはまた別に、



    きゅ~~~~~ 



と締め付けられて苦しい。。。。

そんな感覚がずっとありました。


    このままじゃ倒れてしまう・・・。


我が家からは旦那さまのくだらぬおやじギャグは消え、
テレビを見たり、地震の情報を見る以外、何も手につかないような時間が過ぎました。

ようやく3日目に家族の無事が確認でき、ほんの少しほっとする時間が持てました。

ちょうどその日の朝、アパートの草取りがあり出なければならなかったのですが、
家族の安否がわからないうちは、それに出る気も持てませんでした。
無事が確認できたので、参加しましたが、
草を黙々と、また時々話しながら抜く作業は、ほんの少しだけ、
地震の事を忘れる時間をくれました。


でも・・・・


安否は確認できたものの、ライフラインは止まったまま・・・。

長い列に並んで、公衆電話をかけてきてくれた義母の様子では
元気そうではありましたが、別の心配が。



     こっちに来れないのかしら …  ? 




そう。毎回連絡が取れるわけじゃない。
その間にもテレビでは悪い知らせや、津波の状態ばかりが放送され、
余計に心配をあおりました。


でも・・・


        こっちは大丈夫よ。 なんとかやっているから。



実家へ提案してみても、返ってくるのはそればかり。
必要な食糧等送ってもらいたいものは聞きましたが、自宅が倒壊せず、
避難所にいるというわけでもない状態につき、そこでなんとか踏ん張るという感じでした。

この頃がピークだったように思います。

海外に住む多くの友人から、
ものすごい必死の泣き叫びに近いメールやスカイプへの連絡が入り、


     大丈夫なのか?? 無事なのか ???


     家族は皆どうしている ???


     危険なら、うちに来ていいから !!


への対応で忙しくなりました。
そして、海外メディアの方が、より悲惨な映像を流すようで、
遠い国であればあるほど、


     あの映像を見て泣いている・・・


     悲しみで食事もとれない・・・


と言った声が多かった。。。
そして、


     日本のためにみんなで祈っている。

     きっと復興してくれると信じている。


という言葉もいつもそえてくれました。


海外に地震地域の方の家族がいる方は、きっと皆さん連日連絡が入り、
こっちに来い!という誘いに応じるか否かで悩まれたことと思います。

でも日本人、または日本人化した外国の方たちの中には、
日本に残ることを決心した方も多かったように思います。



     でもそれがもとで喧嘩・・・・



というもの多かったと思います・・・。



     なんで安全なところへ逃げないんだ?


     家族と一緒に安全なところへ行くのがあたりまえだろう ??


     いいから、お前たちだけでも行ってくれ 


日本人で海外在住、日本に両親を残している私の友人も同様に、
強く誘ったけど断られた・・・とショックと悲しみとイライラ爆発してました・・・。



     離れてる方がメディアに左右され、実際よりも

     不安がより強くなる・・・・


そう思いました。
私自身も福岡にいて、安全なのですが自分が思っている以上に心配していました。


それがわかったのは、やはり家族や友人の声を聞いた時でしょうか。

まったなしで涙でした。
でも、安全な場所にいる私が泣くわけにはいきませんから、
そりゃ~必死でこらえましたよ。

でも、同じ安全圏にいる方との励まし合いや、
電話などでも言葉にならない気持ちが涙になった時、
そうやってこらえていた悲しみと安堵も、
知らず知らずにたまっていくのだとわかりました。


震災から1週間が過ぎ、私はどうしていたかと言えば・・・。


目の前にいる、自分の患者さんが亡くなっていくのを看とり、
また待っていてくれた患者さんの言葉を聞き、



     被災地へ行きたい、どうにかして何か役に立ちたい・・・



そう思っていた自分にはっとさせられました。

私はガンの末期の方を今主に見ています。
ほとんどの方は、入院後、数日または数週間単位で亡くなります。
それとお互いわかっていていつも会って話をしています。

時間は皆平等だと言いますが、


   病人や苦しみにある人にとっての1分は、
  
   楽しみの中にある1分よりもずっとずっと長く、

   時にそれは永遠のように感じる


私はそう思います。

だから、1日私が来るのを待ってくれていた彼らは、
彼らの寿命から考えたら数年、または数十年も待っていたかのように感じる日も
あることでしょう・・・。



     自分の与えられた場所で、できることをしよう・・・



そう切り替え、テレビを消して現実に向き合いはじめました。


そうでなければ、今もきっとテレビに右往左往し、
買占めの一人になっていたかもしれません。


震災から2週間。


各地でその状態も気持にも温度差が出てきているように思います。

物資が届くようになり、道路や電車が通り、不自由ながらも復興へ向けての
動きが出てきている地域。

まだ物資も届かず、ライフラインも止まっている地域。

仕事などを再開し始めた方たち、仕事を失ってしまった方たち。

震災のあった地域では、これよりもっと多くの差が出てきていると思います。


遠くにいる私たちは・・・。



     今、震災のニュースを見たくない症候群 


になりつつあります。

これからが復興支援が必要で、これからがうんとがんばっていかなくちゃいけない
時に入る・・・・それは本当にわかっているのです。


でも。

たぶん。恐らく。



     そうでなければ、自分たちの心を穏やかに保てない・・・


そして


     日常を当たり前に送ることができない・・・




ように思います。

もちろん、支援をしたくないとかそういうことではないのです。
遠くにいた者も、いた者なりに、


        その心はいろいろあった・・・


ということなんです。


    そして、今自分の環境でできることをしっかりやっていこう。



そう思う時、何をしたらいいのか?


今の私の結論!! 

良く寝て、よく食べ、夫婦仲良く健康を維持すること。
そして家事もちゃんとして、旦那さまを支えること。
仕事にもしっかり行き、自分の技術を確実に活かしていくこと。

そしてこうして、だめだめな私に、
まだ猶予を与えてくださっている神さまに感謝し、
いつか必ず訪れる自分の死と来世のために備えること。


いつも悲しみと苦しみにある人たちを想いながら・・・。


そんな風に思う今日この頃であります。

おしまい

















 

[PR]

# by sarah_51 | 2011-03-29 16:54 | こんなことがあったよ!! | Comments(0)

母と兄の行動

アッサラ―ムアライクム!!
みなさんに平安がありますように!!


震災・その時家族は・・・シリーズ第2弾です。

  (   ってそんなたくさんいないので、すぐ終わりますが・・・   )


最初の地震があった時、母はデパートに買い物に行ってたそうです。

父の服はジャスコとかで購入していた母ですが、
最近ではユニクロで購入しています。いや~いい物買ってあげてますね!お母さん!!

というわけで当然ながら(?)婦人服売り場にいたわけですのよん。

で、例の地震・・・。


私が連絡が取れたとき、母は家までの道を歩いているところでした。



       やーーーーあんた!!!




       床にはいつくばったわよ!!!!



と第一声・・・。

ずっと連絡が取れず、ようやく連絡取れたと思ったら、
そのお怒りぶり・・・。
おーーーー元気でよかった・・・と安堵したのであります。


母曰く、床に皆がはいつくばり、きゃ~きゃ~となって、
もうこの世も終わりだわーーーーーと思っていると、
店員さんたちが皆で、



     この建物は安全です。頑丈にできてます。


     落ち着いてください。皆さん、落ち着いて!


と言ってくれたそう・・・。


そうこう思っているうちに地震がおさまり、そうか安全なのか・・と
へなへなしていると、また店員さんが、




     どうやら2階の方が安全なようです・・・・



と移動させられ、
その後またすぐに、



      皆さん、外の方が安全ですので、落ち着いて外に出てください



と放送があったそう・・・。


これには婦人服売り場に一緒にいたおばさま方も苦笑・・・。



      最初の頑丈だって言ってた話はどこへいったのよね~



とおばさまパワーでぶつぶつ言いながら皆で外に出たそうです。
で、おばさまの一人が、



      地震で駅がつぶれたって話しあんまり聞かないわよね?



と言うので、またもや民族大移動・・・ならぬおばさま大移動・・・。





      え!? 電車止まってるの???



と地震が大きかったことや、その日電車が動きそうもないことなど、
いろいろと情報を駅員さんから聞いて、歩ける人は歩いて帰ろう!!
ということになったそうな。


で歩いているところへ私と連絡が通じ、一気にしゃべるだけしゃべって、



      じゃ、あたしそんなわけで、歩いてるからじゃぁね!!



と切られましたのよん。


その頃兄は・・・・と言えば。




      途中で自転車買って帰ってきた  ・・・そうな。





実は兄がいた場所と母がいたデパートはほぼ同じ場所・・・。

保育園に息子を預けていたこともあって、
急いで帰ろうと兄は兄なりに頭を使ったのでしょうが、
それを後で聞いた母は、



     もう! あの子ったら自分だけさっさと帰って!!



とマイナス点をくらうこととなりました・・・。


結果的には二人とも無事に家に辿りついたのでよかったですが。

それにしてもなんだかんだ言って3時間くらいを歩いて帰ってきた母は
よくがんばりました^^

まだまだ長生きしそうです。


おしまい
[PR]

# by sarah_51 | 2011-03-25 17:57 | こんなことがあったよ!! | Comments(0)

京都・・・

アッサラ―ムアライクム!!
みなさんに平安がありますように!!

震災によってみなさんが、たくさんのお祈りをしていることと思います。
どうかその祈りが受け入れられますように。。。


先日さあらは旦那さまと一緒に京都に行ってきましたよん。

でもですね。。実は京都という場所は幼いころから鬼門。。。

滋賀県に実家のあった母に連れられて何度も京都におりましたが、
いつもじんましんになったり、熱が出たり、おなかが痛くなったり。。。

それでも今回は師匠に会いたい、、、という旦那さまの希望により出かけました。

無事に師匠に会えてアルハムドリッラー、さてさて帰ろうか、、という頃に。。。




      きたよ、きたよ・・・きちゃったよ。



      胃が痛い・・・・・



痛みは猛烈にひどくなり、新幹線に乗っている間も座っている事が
ままならず、前になったり横にしたり、いや座ってみたり。
体中がしびれてきてしまい、さすりたくても手が上手く動かないし。
胃だけがしびれがひどく、ぎゅーぎゅー締め付けられてました。



      とにかく耐えるしかないな・・・




やっとの思いで家に着いてベットに横になろうにも、
痛みで横になれず、よつばいになったり、座ったり。。。。

ビスミッラーと言いながら痛みのある部分をさすっているけど、
ファーティハ章でも読むほうがいいかな?
と思い、さすりながら繰り返し読んでいました。


どれくらいたったのかわからないけど、
ふと目を開けると、仰向けにベットの上で足をのばしていました。




     あぁ。過ぎたのだな・・・・・




足が伸ばせるという時点で腹痛の場合はずいぶん楽になっていることが判断できた。


ふと脇を見ると、

旦那さまがベットの脇でさあらの手を握ったまま、
頭をうなだれているではありませんか。



      私はもう大丈夫です。アルハムドリッラー。


      心配をかけましたね。



そう言うと、気がついたようで、また涙していたようでした。


      もう大丈夫です。


      今はどこにも痛みがありません。


もう一度そう言ってから、ふと思うところあり、



      ドゥアーはしましたか? 

と聞くと、


      もちろん・・


と旦那さま。
それを聞いて、私はアルハムドリッラー、とてもうれしく思いました。

そして私は、


     あなたのドゥアーをアッラーがかなえてくれましたよ。

     アルハムドリッラー。


     あなたは前よりもっといいムスリムになりましたね。


と言いました。


なぜなら、旦那さまは以前から、




     僕のドゥアーは叶ったことがない・・・・




とドゥアーをすることに積極的ではなかったからです。
彼が理解できる方法で、祈りを受け入れてくださったことがとてもうれしかったのです。



     一生懸命お祈りすれば、必ずアッラーは叶えてくださいますね。



そう言って私はもう1つ、私は旦那さまに聞きました。


     心はすこし穏やかになりましたか?


     うん・・  


と旦那さま。

私はまたうれしくなりました。


     それでは、アッラーは私の願いもちゃんと叶えてくださいました。


     アッラーは本当に公平ですね。


私はすでにムスリマとして自分の体はいつどうなろうとも受け入れるつもりですが、
それをそばで見ているのは、とてもしんどいのではないかと思い、
旦那さまについてお願いしていました。

それもまた同時に叶えてくださったとわかり、とてもうれしく思いました。



このところ仕事の事や地震などで、心穏やかでない日々が続き、
どこか疲れきっていたように思います。

アッラーは私の病を通し、私たち夫婦に

人はすぐそばにいる人へでさえも、
互いに無力であることを教えてくださいました。

そしてその後で、無力であることを本当に認識し、一生懸命に祈れば、
必ずその祈りに答えてくださるという事を示してくださいました。

そしてまた、いつでもその採決は公平なのであり、また神さまによってのみ、
平安をもたらしていただけるのだという事を教えてくださいました。

スブハーナアッラー そして アッラーフアクバル。

 ( 神さまに讃えあれ そして やっぱり 神さまは偉大だ!!!  )


本当に私たちは神さまの元へいつか帰ります。
どうか、私たちの罪をお赦しくださいますように。
どうか、私たちがあなたを忘れず、あなたに感謝することができますように。
恩知らずの者となりませんように。

すべての人々に強いご加護と共に平安がありますように。


すばらしい事を学んだ京都の旅でした。


おしまい
[PR]

# by sarah_51 | 2011-03-22 18:08 | おでかけのこと♪ | Comments(2)

計画停電

アッサラ―ムアライクム!!
皆さんに平安がありますように!

今日は朝からうれしい、うれしいニュースが入ってきた。




        第4子誕生!!!




当然ながら、さあらにいきなり4人目の子ができるわけはないので、

これは私が家族のように思う同胞からのめでた~~~~~いお知らせ^^


  ( んまぁ、それくらいわかるですね、はい。。  )


朝からうれしさと感激と実は心のどこかで心配していたのとで、
自分でもよくわからないうちに号泣してしまった。。。




        マーシャーアッラー。。。



昔から、子は国の宝と言われてきたけど、
地震と津波によって多くのの人が亡くなってしまった今、
こうやって新しい命が誕生したことを心から嬉しく思う。

    


      あぁ、本当に宝だな。。。と思う。





地震の影響で家族の絆が強くなっている今、
来年たくさんの、





      計画停電ベイビー  





が生まれてきてくれることを本気で願っている!!!


おしまい
[PR]

# by sarah_51 | 2011-03-18 17:43 | こんなことがあったよ!! | Comments(0)