カテゴリ:プチコラム( 16 )

他人と比べる必要性


他人と比べる必要はない。
という言葉がよくありますが、
他人と比べて自分がいかに
「マシ」であるかを知ることは、
時に、生きていく力になります。


そして他人と比べて、
いかに自分が「まだまだだ」と
知ることは自分を謙虚にし、
傲慢さを戒めてくれます。


上には上が、下には下が。
自分だけではなく、いるのです。
本当に。 


現世での目に見える不公平さは
その不公平さをもって、
ある種恵みだと感じる1つです。


そしてそれは来世において、
必ずや公平に扱われる要因でも
あります。


あなたの大変さに、辛さと困難に
そしてその忍耐に、なんの報いもない
ということはありません。


あなたが人知れず流す、
その涙の1滴でさえ、あなたを創った
創造主はその全てをご存知なのです。 


今日という日を生き抜いてください。
明日があるかは誰にもわかりません。


でも今日があるということは、
神さまがあなたに生きることを
望んだから、そこにいるのです。


忘れないでください。 


おしまい 


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by sarah_51 | 2018-04-18 16:07 | プチコラム | Comments(0)

我慢ができなくても。


お腹がすいてたまらなくなり、

もうすぐ旦那さんが帰って来るのに、
少し離れたコンビニにオヤツを買いに出かけた。

お腹がすいていたので食べ物しか
目に入らず気が付いたら夕方の時間で
レジが結構私の後ろ並んでて。

後ろのおっちゃんがイラっと来てる感じで
はやくしろーって雰囲気で。
だから会計が終わって振り返って
すいません(*´▽`*)って言って出た。
だってレジのお姉ちゃんはバイトって感じで
若くて怒られたら可哀そうだと思ったから。

はやくオヤツを食べようと急いで帰る私。

ふと見たら、チャリンコでさっきのおっちゃんが
同じとこ走ってるw しかも私の行く先の前の
アパートらしくそこに止まるやーん・・・。

でもなんか空腹でおかしかったのかさあらちゃん、
あは(*´▽`*)wって笑っちゃって。

「近くやったとですねw」

って言ってしまった・・・。


そしたらね。どこの国の人?って聞かれて
日本人です。でもイスラム教徒なのでと言ったら、


「俺はバカかもしれんけど、
 詳しいことなんてわからんけどね、
 理解してると思うよ。
 イスラム教っていっぱい悪いニュース
 ばっかりだけど、悪い人もいればいい人もいる。
 日本人だって詐欺師ばっかやけんね。
 大変かもしれんけど、がんばりんしゃいね。」


そう言ってね、にこってしてくれたとです。

あー、、、アッラー。
こんな我慢のできない私に、
もう数分違ってたらチャリだからそのおっちゃんに
会うことなんてなかったの。

あーアッラー・・。
どうしていつもこう、こんな私に
こんなに素晴らしい出会いをくださるんだろう・・。

嬉しさと恥ずかしさと胸がいっぱいで。
泣きながら帰ったんだよ。
泣きながら帰って、白湯とお菓子を食べてるよ。
アルハムドリッラー。
空腹ありがとう。


おしまい 


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by sarah_51 | 2018-03-30 16:57 | プチコラム | Comments(0)

取材を受けないと決めていた私が取材を受けることを決めた理由


「人柄と信頼です」

日本人イスラム教徒と言うと、
メディアから取材依頼があることがあります。

直接だったり、間接的に紹介されたり。

でも私はこれまでその全てを断ってきました。
理由はシンプルです。

メディアにはすでに「見せたい」対象者があり、
「読ませたい」内容が作られていて、
そこに当てはまるコメントや写真をただただ
取ってくるという取材がほとんどだからです。

実際に私の知り合いの多くが誤解の多い
イスラームを伝えるきっかけになるならと、
職場や自宅での様子や家族の風景など、
様々な協力をしましたが、結果大なり小なり
事実と異なる報道をされることがほとんどでした。

一見するとそれほど気にならない記事もあります。

でも本人や実際に彼らを取り巻く環境にいる
人たちが見れば一目瞭然で「ちがう」内容なのです。

大変な中で日本で一生懸命信仰を守りがんばる姿や、
テロリストといじめられながら困惑する表情やコメント。
食べられないものばかりの中でなんとか過ごそうとする日々。

きっとあなたが見た、読んだ映像も
こういったものかもしれません。

でも日本人で、日本に住む私たちは
まったくもって普通であり、そのどれも当てはまりません。

今回取材の話が来るきっかけとなったのは、
インドネシア人の方が書いたこの英語記事です。


私の話を聞いた彼女が、私の「入信記」を元に
英訳してくれたもので、非常に丁寧に書き出してくれています。

そしてそれを読んだ記者の方が、
私のブログを読んで会ってみたいと思ったそうで、
この英語記事を書いたインドネシア人の方からの紹介で
メッセージをいただきました。

最初のメールで率直に私の感じている報道への疑問、
これまでの友人たちへの現実をお伝えし、
その上でいったいどのような取材を希望しているのか。
その方の考え、会社の方針、色々なことをお聞きしました。

丁寧に、ご自身の言葉で記者の方もまた、
率直に答えてくださり、それならば
一度お会いして決めようと感じました。

旦那様と3人でお会いし再度いろいろな話をした結果、
取材を受けることになりました。

インタビューの後、満開の桜の中で撮影をしたいとの
ことで、カメラマンが男性なのでお友達に付き添ってもらい、
撮影をしていただきました。

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撮影:フォトグラファー田中藍子


もともとあるストーリではなく、
記者の方が感じた「さあら」という人間を
たった1枚の写真でどのように表現するか。

私は相手の方の感じた「私」を演じるのではなく、
ただそこに「私は私として」いる。
それを心がけて私の中にある「静」と「動」をも
アッラーに全て委ねてみよう。

そんな気持ちで撮影してもらいました。 

撮影中も立ち位置以外、ほとんど何か
指示されたり声をかけられることなく進み、
「ただそこにいる」
という自分でいられたように思います。 

これは上の写真と同様、
いっしょに同行してくれた友人が撮影した写真です。

a0188838_23333285.jpg
a0188838_23340580.jpg
a0188838_23345056.jpg

どれも大好きな写真です。

記事になるのは少し先のようです。

どんな記事になるのか。
どんな写真が出来上がるのか。

今はとても楽しみにしています。

おしまい



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同行してくれた友人でフォトグラファー田中藍子さんの
オンライン写真展が1日から始まります。

田中藍子さんにプロフィール写真など依頼したい方は
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by sarah_51 | 2018-03-29 00:00 | プチコラム | Comments(0)

中国人は杏仁豆腐も食べないし、ジャスミンティはおじいさんの飲み物だ


中国料理と言えば最後に美味しいジャスミンティと
杏仁豆腐でさっぱりする、というのが一般的。

私はずっとそう思っていた。

が、しかし。。。

中国人の友達にそれを言ったら、
目をまんまるくして、

「私杏仁豆腐は日本に来て初めて食べましたよ」

という・・・。

えええーーーー!!
えええええええええ!!!!!

という感じだ。
しかも、ジャスミンティなんて

おじいさんが新聞読みながら、
ガラスのカップに茶葉を入れて、
何倍もお湯を足しながら
暇にかまけてすすってる飲み物。

というから泣けてくる・・・笑。

えええええええ!!!
本場って、本場って!!!

というわけで。

友達の実家がまさに中国のお茶屋さん
ということで・・・。 

近く本当の?中国茶を持ってきてもらい、
中国の文化とお茶や餃子など
作って楽しむ会をしようと思います。

どうぞお楽しみに!!!

おしまい 





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by sarah_51 | 2018-03-14 19:23 | プチコラム | Comments(0)

30年ぶりとなる歴代最多の連勝記録を作った藤井聡太四段に学ぶ、10代の子供たちに対する大人のあるべき姿

「藤井四段」おめでとうございます。
昨日の対局後の報道では、
14歳の中学生への対応ではなく、

当然ながら「藤井四段」という
呼び名もさることながら、
その対応もプロに対するものとして
敬意が感じられた。 

これがもし、将棋の強い子という
扱いだったらどうだろう?

「藤井君」

と呼ぶのではないだろうか?

すると、「藤井四段」と声をかけて、
質問する時と、「藤井君」と呼ぶ場合、

不思議とこちらの質問姿勢も
若干子ども扱いになるように思う。 

10代の若者たちにとって大人が、

「リスペクトを持って対応する」

ことはとても大切なことだと感じる。

特に両親が相手を1人の大人として、
リスペクトをもって話に耳を傾ける。

あなたはもうしっかり自分で考え、
自分で選択し、あなたの道を歩める。

だから想うことがあれば、
聞かせてほしい。

そう想って耳を傾け、うなずくだけでも、
彼らはその自分の選択という責任を
しっかりと受け止めていってくれる
のではないだろうか。

おしまい



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by sarah_51 | 2017-06-22 09:11 | プチコラム | Comments(0)

腐ったみかんに学ぶ 人間社会と孤独という恵み 

体調を崩して約1週間ほとんど台所へ行かなかった
元気が出て来て、台所に行くとまず目に入ったのは
しおれた野菜や芽が出始めたヤツらだった。 

でもその中に、お!無事じゃん。
っていうみかんの袋があって。 
おいしそうだ、食べよう! 
と思って袋を開けてひとつ取り出してみたら。

奥に見たこともない色に変わったみかんがいた。
全体がもうね、みどり超えて青いっていうかね。
なんだろう、はっきりと忘れてしまったが、

うげっ!!! 
(ぞぞぞぞぞ・・・)

っていう感じだった。
当然横に触れてたヤツもカビが生え始めてて。

でも最初に手にしたみかんは
見た目無事そうだったんだけど。

でもね、ダメやった中身。

その時ふと思ったんだよね。

この袋全体が人間社会だとしてね。 
会社とか、
学校とか、
サークルとか、
ママさん中間とか。 

なんでもいいけどそういう所属する場所。

そういう場所に、
みんなアレはちょっとね、、と思ってるけど
どうしようもない人とか。
いつも悪口ばっかり言ってる人とか。
噂話ばっかりしてる人とか。
いたとしたら、それって。

あの腐ったみかん袋状態だな。

と思ったんだよね。

もちろん中心で思い切り腐ってる人も悪いけど、
そういう人といつも一緒にいると、
自分も腐っていっちゃうんだなって。

で、怖いのは一見大丈夫そうに見えて、
うまく腐らないような位置にいるはずが、
実は中身が腐ってたっていうあのみかん状態。

あぁああああああ・・・。

でも実はその袋と別にね、
転がってたみかんがいたの。 

そのみかんは全然腐ってなかった。 
ちょっと乾燥し始めてたけどw 

だから、ふとね、思ったの。

腐ったみかんの袋の中にいるぐらいなら、
思い切って外に出て、
逃げ出して、
やめちゃって、

ごろんって外で孤独にいる時があっても
別にいいんだなって。

孤独って悪い表現でばかり使われるけど、
でも時々そういう時間も必要だなと思う。 

それに誰だって、みんな何がしかの点で
孤独なんだよね。
心底自分の心の中をわかる人なんていない。

でも神さまだけは、
私たちの心の奥底も、
魂が叫んでるその声も、
誰にも言えない哀しみも、
わかってもらいたいと願う
願いや苦しみも。 

何もかもちゃんと見ていてくれるから。
遠くからじゃなく、
めっさ近くでね。 

そして私たちはみかんじゃないから。

その場から移動することだって
できるんだよね。 

だから自分自身が腐っちゃう前に、
いっしょにいる相手や社会を選んだり、
踏み入れちゃっても、一歩自分がそこから
いつでも移動する勇気。 

大事にしないとなぁと。
腐ったみかんたちが教えてくれた。 

みかんよさらば。
さすがに食べれんけんね。

私に人生を教えてくれたみかん。
ありがとう~(´▽`*) 

にんげんでよかったよーさあら。
アルハムドリッラー! 

おしまい 

****************** 
【イスラーム用語解説】
*アルハムドリッラー 
ーアッラーのおかげでの意。アッラーに感謝する
際にムスリムがよく使うので覚えておくとグー! 

例)お元気ですか?→アルハムドリッラー 
  (おかげさまでの意) 

例)美味しかった~アルハムドリッラー 
  (ごちそうさまでしたの意)
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by sarah_51 | 2017-01-10 23:22 | プチコラム | Comments(0)

幸せになんかなれないと思うあなたへ 

幸せになる。というのは、
決して悩みがない、とか
哀しみがないということとは違う。
 

幸せになる。...
というのは自分をしっかりと
いつだって、どんな時だって
抱きしめてあげられる自分がそこにいるという
ことだと思う。 

私が辛かっただけだった頃、
辛い辛い、きついきつい。
ただそれだけで。
ただ耐えているだけで。
道を歩こうとしていなかった。

きっと色々な人や色々なことが
私を助けようとしてくれていたかも
しれないけれど。 

必死に丸まっていた私には
そのどれもが届かなくて。
自分は自分なりにがんばっていると。
それでいいと思ってた。
 

でもほんの少し顔をあげて、
周囲を見てみたら。

辛い辛いだけの自分の上に
いつも本当はまっすぐな線が一本あった。
それが、「幸」。 

幸せという字の中に、辛いという字が
入ったままだけど。 
 
でもこのまっすぐな道といっしょに歩んだら。
辛いだけじゃなく幸せに感じることも両方あるから。
 

まっすぐな道を歩んでいけますように。
他の誰でもない。
自分にとってのまっすぐな道を。

おしまい 

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by sarah_51 | 2016-12-30 14:00 | プチコラム | Comments(0)

1年前と同じことしかしてないあなたへ 末期ガンの方からのメッセージ 

アッサラームアライクム!
みなさんの上に平安がありますように!

「それじゃ1年間時間を無駄にしたようなものだわ。」

そう話してくれたのは60代で今まさに終末期を
過ごしているガン患者さん。

どの言葉もひとつひとつ、
とても大切な言葉なので残しておきたくて。 

○○になったらしようと思っていること。
定年したら行こうと思っている場所。
これをやったら家族になんて言われるか。 

そんなこと気にせず、
自分がしたいと思うこと、
本当にそう思うなら、
今すぐおやりなさい。

人生の時間が、
いつ終わってしまうかなんて
誰にもわからないのだから。 

定年したら行こうと思ってた場所も、
若い頃と違って、身体は疲れやすく、
食べたかったものも、
それほど食べれなくなるの。

行きたかった場所は変わってしまい、
または行けなくなってしまうこともある。

いつかまた会いましょうね。

なんていう言葉は言ってても仕方ないわ。
だってほんとに、そういう人とは、
会わないものなのよ。 

そんなこと言うより、
3年後でもいい、5年後でもいい。
具体的な数字でいついつ会いましょ・・って
言う方がずっとぐっと楽しみになるわ。

そうでしょう?

だって人間いつ死ぬか、
誰にもわからないんだから。

病気になって、治療をもっとしたら?
って言われたわ。

でも、治療して若返るならぜひともしたいわ。
でも、治療してもっと急激に衰えて、
何もできなくなるなら、

今できること。
感じられること。
行きたい場所に。

どこへだって行ってみたい。

でもそれも、ほどなくして、
興味がなくなっていくの。
できなくなっていくの。

だからもし、
今○○だったらしたいな、
行きたいな、やってみたいな。

そう思うことがあるなら、
離婚だって転職だって、
知らない土地に引っ越すことだって
失敗だってたっくさんおやんなさい。

でも悪いことはダメよ。
自分が楽しいと心から感じること。

できない理由を連ねて、
他人の目や意見ばかり気にして。 

そんな難しいことじゃないの。

ほんの少し違う色のものを
着てみたり使ってみるだけでもいいの。

自分でわからないなら、
人が言うものをやってみてもいいわ。
それで好きじゃないなら、やめればいいだけ。

でもやらないより、やった方がいい。
だって経験したら、
自分に合わなかったっていうことを、
知って1つ賢くなるでしょう? 

それより何もしないのに文句ばかり言っていたら、
ただの老害になるだけよ笑。 

おしまい  












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by sarah_51 | 2016-10-21 14:51 | プチコラム | Comments(0)

何も持たなかった頃の記憶 

アッサラームアライクム!
みなさんの上に平安がありますように!!

私たちは未来の不安でいっぱいです。

病気になったら、、、

仕事を休んだら、、、

結婚しても、、、

結婚できなかったら、、、、

子供ができたら、、、

子供ができなかったら、、、

お金がなくなったら、、、


きりがないほど、たくさんの不安でいっぱいです。

でも、ふと思い出そうとしてみました。

思い出せない、遠い昔の記憶です。

妊娠すると、人はみな

大切な命を「授かりました」

と言います。

そして無事生まれてくると、

子供は「天からの授かりもの」

と喜びます。

だから、思い出そうとしてみました。

天から、授かったばかりだったあの頃の自分を。

赤ちゃんだった頃の自分を。

でも、、赤ちゃんだった頃の私の記憶は残念ながらありません。

なんの服も持たず、

なんの食べ物も持たず、

お金も、名誉も、名前すらなくこの世に送り出されたあの頃の記憶。

なあんにもありません。

でも。

「不安」も「心配」な記憶も同じようにありません。

赤ちゃんだった頃の私は、

何一つ持っていませんでしたが、

何も不安ではありませんでした。

天から授けられたまま、その場所に行き、

その場所で生まれ、

天から授かった母のおっぱいを飲み、

その腕の中で、ただただ満足していました。

今もし、何も自分になくなってしまったら、
どれほど不安になるでしょうか。

アッラーを信頼するということは、
赤ちゃんだった頃の自分を考えてみることかもしれないと思いました。

赤ちゃんだった頃の私は、

きっと天からきたばかりで、神さまが私に授けてくれたものも、
神さまがどんなお方かも、知っていたのかもしれません。

認知症のおばあさんのような気持ちです。

神さまのそばにいたころの記憶が、

自分自身で思い出せないのです。
どこへ戻ったらいいのか、なぜここにいるのか、
思い出せないのです。 

生まれてくる前、私たちはアッラーのそばで、
何もかも満たされていました。

だんだん、記憶が薄れ、
もう赤ちゃんだった頃の記憶はなくなりました。

だから人は、不安でいっぱいなのではないでしょうか。

愛してくれていた大切な人を見失ってしまったのと同じかもしれません。

そうして色々と記憶のない中で、それを探そうとしていきます。

仕事に生きがいを、趣味や友達に楽しみを、家族に愛情の期待を。
私たちは、探し物をしながら、
何を探していたのかも、わからなくなり。

そうこうするうちに、
「授かりもの」の存在すら忘れてしまいます。

現世で授かっているものを、「自分のもの」だと思い込んでいるので、
失うのが怖くなります。

自分で努力して得たものだと思い込んでいるので、
手放すのが惜しくなります。

実は、赤ちゃんだった頃と同じように、
必要なものは全て今この時も授かっているのだと知ったなら、
その必要を満たしてくれるのは、自分でも家族でも友人でもなく、
赤ちゃんだった頃と同じお方だと気が付いたなら。

両親や、母よりももっともっと以前から、
私を愛し、私を想い、私に全てを授けてから、
この世に送り出してくれたお方のことを思い出したなら。

この上ない喜びと満足の中に、
ずっとずっといられるように思います。

アッラーが私たちのそばを片時も離れず、
私たちを御守りくださいますように。

どうか私たちがあなたを忘れず、あなたを思い起こし、
あなたに感謝する者であるよう、お力添えくださいますように!

アーミン 

 
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by sarah_51 | 2016-03-01 23:56 | プチコラム | Comments(2)

もうすぐ2歳 

アッサラームアライクム!
みなさんの上に平安がありますように!!! 

初めて出会った親子さん。

もうすぐ2歳の子がお弁当を食べる。
うーんと考えたり、なんか体をくねくねさせて
すぐに食べない。

お母さんが今にも
「早く食べなさい」

と言いそう。
だから聞いてみる。

「ママのお弁当でどれが1番好きかな~?」

めっさ嬉しそう~な顔で、
お弁当のオカズを指差してにこ~(*´∀`)っと笑う。

「そう~!たまごが好きなの~」
「うん、そう~」

「ママのたまご(卵焼き)はどんな味かな~? 
 甘いかな~。しょっぱいかな~?? 」

すると手でちょっとつかんで食べてみる。

「あむあむあむ♬ おいしいね~! 
 いいな~ママのお弁当おいしいね~ 」

「(*´∀`)」

美味しいを言われたママは他のも食べてもらいたい。
だから聞いてみる。

「あれ~。きいろだけじゃなくて、いろんな色があるね~」
「うん、みどり~!ヽ(*´∀`)ノ」
「あ!そうだね~。みどりもあるね~。
 みどりはどんな味かな~?? 」

でもうーんっと考えてまま食べる様子はない。
やっぱり体をくねくね。

「じゃあ大好きなきいろいのを食べようかヽ(´▽`)/」

と声をかける。 
嬉しそうに手でつまんではひとくち。
また手でつまんではひとくち・・・。 

しびれをきらしらお母さんが、
スプーンかフォークをと手渡しする。

カチカチカチ。
カチカチカチ。

子供はスプーンとフォークをカチカチさせて、
遊びだす。

「遊んでないで食べなさい」

ちょっとこわい顔で見るお母さん。

モジモジモジ。
くねくねくね。 

だから聞いてみる。

「あれ~?お箸が使えるのかな??」
「(*´∀`)」 

「そう~!もうお箸が使えるの~。えらいね~。」
「嬉しそうにカチカチカチ」

「でもスプーンとフォーク、どっちかひとつ使って
 食べられるかな?? 今お箸がないからね~」

そうよ、フォーク使って食べなさい。
ほら。早く。

とお母さん。
うーんと考えてみるけど、
やっぱり二つとも離さない。 

やっと一粒のお米をフォークとスプーンで
お箸みたいにして取れた。

嬉しそうに「ヽ(*´∀`)ノ」こんなカオ。 

「えらいね~。もうおとなだね~。
 みんなといっしょにお箸が使いたいんだね~」

するとお母さんが、

「あ。そういえば・・・。
 最近よく私たちの真似していろいろしようとするんですよね。
 何やってるのって叱ってました」 

「あはははは。
 お母さん、この子は賢いですよ。
 手で食べたら簡単なのに、難しいおはしをあえて使おうなんて。
 使うぞって決めたら、ほら。一粒ずつしか取れないのに、
 泣かずに一生懸命。賢いですよ~えらいえらい。」

ところでお子さんお名前は?
と尋ねたら、

賢く進むと書いてけんしん君。

マーシャーアッラー!!
生まれながらに賢い!!笑 

一歩一歩、自分で納得するまで難しくても
取り組むって大変だもの。
賢い賢い子ですね♬ 

子どもって、どの子もみ~~~んな、
たくさんの良いところがぎゅぎゅぎゅ~って詰まっていて、
素敵ですね! 
アッラーの祝福がたくさんたくさんありますように。
ママたちに、アッラーのご満悦がありますように!! 

おしまい 
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by sarah_51 | 2015-03-05 23:06 | プチコラム | Comments(0)