カテゴリ:医療と健康 ( 33 )

「脳転移」と友と私「一気に3分で全てを決める」


放射線治療も終わりに近づき、
そろそろ転院しないといけない友。 


その前に治療効果をMRIでチェックし、
主治医の説明を聞くことに。

友の主治医は2人。

子宮頸がんの治療をしている婦人科の医師。
脳転移の治療をしている脳外科の医師。

その他に転院先や様々な調整を
お願いしているソーシャルワーカー。

その3者と色々な調整をする必要があった。
なぜなら、友は脳転移だけでなく、
肺にも無数の小さな転移があり、
婦人科の医師はこれに対して、
抗がん剤治療を再開したい旨を友に
以前から説明していた。 

でも脳転移が見つかり、
その治療の方が緊急性から優先され、
その結果次第、、というところがあった。

できれば転院までに
その3名と話をつけておきたい。。。
私はそう思っていたのだが。

なんと、まず病院に着いた際、
ソーシャルワーカーさんに
友の病室に向かうエレベーターで
出くわした。

あ!!
うわあ!!

のあと同時に互いの名前を呼び合って笑。

「あの件ですが○○の方向でいこうと」
「いいと思います。私は彼女にそれによって
 ○○を期待しています。これから脳外の医師と会います」
「それは良かった。ではこちらは進めておきますね」
「はい。お願いします」

と3分経たずに転院先での方向性を決定。

その後脳外の医師からの説明を
家族説明室なる場所で友と聞くことに。

「ここが脳のおできの部分ですね」

(やっぱりここでもおでき説明なのかおでき先生ww)

MRIの結果、聞けたことは、

脳転移の大きさは残念ながらまだ変化はないこと。
ただし、腫瘍の周囲が大きくむくんでいたものが
かなり引いてきていること。
放射線治療の効果は1か月かけて徐々に
出てくるため今後の変化も期待できること。
それまでは、抗がん剤治療はできないこと。
その間、治療が何もない人を
この病院では入院させてあげることはできないこと。

などだった。 

実際友の激しい頭痛はだいぶ収まりつつあったし、
ふらつきもあるけれど、当初よりは改善していた。

自覚症状と画像状態が一致して
改善しつつあることを確認できて、
友と私はおでき先生に2人で
深く頭を下げて喜んだ。

部屋を出る時私はおでき先生に、

「ご褒美に外でお茶してきます~(*´▽`*)」

と言ったら、いっといでいっといで、
ご褒美に笑。

と笑顔で見送ってくれた。

そして緊急入院から約10日、
久しぶりにシャバ?の空気を吸った友。

a0188838_19544560.jpg
迷いに迷って、その日からスタートしたという
秋のフルーツフェア?だったかな、
なんかそんなパフェを頼んだ。 

外出前、少しフラフラと買い物に
出かけたいと言っていた友だったけど、

結局私たちはほぼこのお店で
あれやこれやと話をしてあっという間に
時間が経ってしまった。 

そして私が友にもう1度確認したかったこと。

それは今後の抗がん剤治療のことだった。

友はざっくり副作用などの説明を
受けていたようだけど、
私が気になっていたのはそれによる
曼荼羅を描くことへの影響だった。

そして医師の診察室にいっしょに
入った時、非常に気になったのが、

友が医師が話すことをそのままただ、
「はい」
と聞いてることだった。 

もちろん頭が真っ白で
聞くこともない、、ということも
あるだろう。 

でもね。

自分の仕事に、
自分の人生に、
自分の生涯に、
その残りの全てに

影響があることだから。

「これから何をしたいのか」
「譲れないものはなにか」
「そのためにどうしたいか」

このことを友自身の言葉で
聞かなくてはと思っていた。

もちろん聞かなくても
私にはもうわかっていたし、
きっと誰でも友を知ってる人なら
わかることだ。

でもそれは私が言うことではない。

「あなたはこれしかないでしょ?」

なんて決めつけな話、
私はしたこともないし、
その人の人生だ。その人の言葉で
語るまで待つつもりだった。

そしてようやく治療経過がわかり、
友も色々考えた結果、

「曼荼羅を描けなくなるのだけは嫌だ」

とはっきり言ってきた。

友の気持ちを聞いて、
少し安堵しつつ病院へ戻ろうと
自動ドアをくぐった時、

私たちの脇をすり抜けた人がいた。

あ!!
おお~~~~~!! 

なんと、友の婦人科の主治医だった。

「先生、放射線の治療効果がだいぶ出てきていて。
 かなり歩けるようになったのでご褒美デートしてきました!」

と私は言った後、

「今後の治療ですけど今の予定は前と、、」
「そうですね、同じ予定で2週間後に
 抗がん剤治療をしにここに戻ってきてもらう予定です」

その当たり前に進められる感じの予定を
聞いた時、私はぐいっと先生に詰め寄って、

「先生。彼女曼荼羅のアーティストであり講師なんです。
 次の薬○○系の薬でしょうか。もしそうなら、
 神経のシビレによる作品を描くことへの影響が心配です。」

そう言ってぽかーんとしている友に、
はよ出さんかいボケ!
と言わんばかりに携帯!ほら携帯!!

と指でほらほらとしながら、
友の作品を主治医に見てもらった。

「これは・・・・・」

主治医の表情がまるで変わり、
「これは彼女が描いてるんですか?自分で??」
とその素晴らしさに驚いてくださった後、
はっきりと、

「これは描けなくなりますね」

と言ったのだった。
やはりだ。

「ですよね。それが1番心配でした。
 彼女先生にそういった話はしてませんか?」
「いや聞いたことがなかった」
「見ていただいてよかったです。一旦転院しますが、
 その後の治療はすぐに開始予定ではなく、
 再度本人と診察でご検討いただけますか?」
「そうですね。そうしましょう。」
「肺の方は小さいですが慌てなくても大丈夫です?」
「そうですね。まだ小さいので様子見も可能と思います」
「わかりました。また戻ったらよろしくお願いします」

そう言って友に先生はじゃあまたね、と
声をかけて立ち去った。

この間3分なかったため、
友は終始ぽかーーーーーーーーんとしたままで、

私はその会話の内容を部屋へ戻りながら、

「抗がん剤はしなくてもよくなった。」

とだけ言って病室でさらに詳しく理由などを
説明したところ、( ゚Д゚)←こんな顔になって、
驚いて、

あんな短い間に!!!
マジか!!!

と言っていたけど・・笑。

でもそれもこれも、
友に関わる必要な医療者に
一気に会えて、しかも友にどうしたいかを
ちゃんとパフェ食べながらも聞いてたおかげで、

いきなりであった主治医にも
私もぐいっといけたわけで・・・。

アルハムドリッラー。
スブハーナッラー。

こうして友は週明け転院することになった。

私の思惑を知らないままに・・・。

つづく 










[PR]

by sarah_51 | 2018-09-22 20:32 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑬「より強いつながりへ」


色々な期待を込めてあえて離れた出張期間。


正直私の体はボロボロで。
出張準備が全然できていなかったけど、
かなり色々な責任を背負った出張で。

29年ぶりの新薬にかける想いなんて話を
大手製薬会社の全社員の前で講演していました。 
その日の朝調子が悪く、
血液製剤を打ってもらった後の講演で。
この日の東京は体感温度は40度近い状態で
ホテルに着いた後もしばらく
身動きできないほど出し切った感じだった。

そんなこんなで友と連絡を取る余裕もなく。

戻ってからもすぐには行けそうにないからと
数日行けない旨を伝えていたのだけど。

自宅に着いて1日休んだら、
やっぱり色々気になってしまって。
特に、だいぶきつく色々調べて
決めるよう言ってしまっていたので。

結局1日早くに友に何も伝えず
病院に行ってしまった。

私はいつもカーテン越しに
手だけ入れて、友に挨拶する。

声をかけて「入るよ」と言えないためだ。

いつものように手を入れて
カーテンを開けると、友がめっちゃ驚いて、

でも2人で自然と大きく両手を広げ合って、
気が付いたらハグしていた。 

「無事にまた会えた~」

と友が声に出して言うもんだから。
友は友なりに、私の体調や出張や
いろんなことを心配したり、
考えたりしてくれたんだなと。
その一言でとてもよくわかった。 

2人ともきっとそのままだと
涙が出そうだったんだろう。

なんかそれをごまかすかのように、
あれこれと話をしだして
友はノートを見てくれ見てくれと
言わんばかりに見せてきた。 

そこには、私が出していた宿題。

葬式の方法や埋葬方法・場所、
荷物の整理方法や業者の選定など。

まーアホみたいに几帳面に
いくつもの業者の名前と連絡先と
住所などがびっちりノートに書いてあって。

まるで小さな子にするようだけど、
頭をよしよし、よしよしとなでてしまったよ。

正直どれもすでに私も調べていた内容だったけど、
私にとってはそれを友が「自分で」
調べて考えたことが1番大切で、
1番嬉しいことだった。 

だから内容が大事なのではなく、
それを「やった」その結果を見て、
もうあとは「わかった」とだけ言って、
全部私が代わりに電話して最後まで
やることにした。 

それだけではなかった。

もう1つ出していた宿題である、
筋力トレーニングの成果だ。

ちょっと歩きの様子も見たいけん、
廊下歩いてみてくれる? 

そう言うと友はさっと立ち上がって
カーテンを開けて、くるっと回って
またカーテンを閉めた。

「これはかなり改善してる」

ターンするのはとても難しいのだ。
頭痛やめまいがあるとなおのこと
バランスを崩しやすく、
向きを変える時ゆっくりになりがちだ。

でも友の動きはとても素早くて。

実際歩いてもらっても、
かなりスピードもアップしていたし、
ずっと手すりを持たずとも
歩けるようになっていた。

「やるじゃーん!」

a0188838_23012482.jpg
まだまだ猫のしっぽが見えるみたいな
歩きだけどなー!笑 

でも友の動きだけでなく
会話やいろいろな点で、
友は何段階もレベルアップして、

「自分で生きていく」

その気持ちを大きく持った気がした。
また、友自身もとても自信が
ついているようだった。 

そのがんばりと、結果に私は

「外出させよう」

と決意し早速看護師さんへ伝えた。

友にご褒美はもちろん、
今の自分自身の体力や状態を
理解してもらうにも外出は
とても良い体験リハビリになる。

そう考えたからだ。 

私が理学療法士ということもあり、
必ず私が付きそうという条件で、
早速許可も下りたが同時に、
主治医がMRI検査の結果を
私が同席で説明したいとのことで、

翌日主治医の説明を聞いた後
外出することに。

それはまた同時に出張前に出ていた
今後の治療と転院先の調整なども
決断する時でもあった。 

私はその「治療選択」をするにあたり、
友にどうしても再度確認したいことがあり
そしてまたそれが私の気がかりでもあった。

でも全てはまず明日の検査結果を聞いてから。

そう思いつつその日は久々の
再会を心から喜び、どことなく
友と私は前にも増して「あうん」の呼吸で
色々なことを進めていけそうな気がしていた。

アッラーにその結果が良いもので
あることを祈りつつ・・・ 

つづく 












[PR]

by sarah_51 | 2018-09-20 23:26 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑫「互いのスタンスの切り替え」


甘えるなー!
とちょいとキレた私。
私が余命の告知を受けた人に
あれほど休ませる暇なく
あれこれ言っているのには
それなりに理由もあった。

私の出張前にとばかりに主治医と
ソーシャルワーカーは私が
病院に来るなりすぐに捕まえては、
今後の話を会議する日々が続いていた。

なぜなら。

放射線治療が終われば通常は退院する。
効果がわかるには1か月ほどかかる。

次の抗がん剤をするにしても、
その間は治療を開ける必要があり、
治療を何もしない人をただ
入院させるわけにはいかないという話だ。 

でも今の状態では友はとても
自宅に帰ることなどできない。

その場合どうするか。
どの病院に転院し、
なんのために、どのようなことを
してもらうのか。

どの病院へ行くのが今の友にとって
最も良い環境となりうるか。

放射線治療の効果が読めない状態の中、
どっちに転んでも良い場所を選んでおきたい。

リミットは入院から2週間となる、
出張明けの後数日しかなかったのだ。 

でも同時に私の体もやや限界を感じていた。

8月の猛暑続き。
友の病院は都会のど真ん中にあって
駐車場から少しだけど歩かないといかん。

5分外を歩くだけでもすごく疲労してしまう中、
ほぼ毎日のように何かしら呼ばれたり
用事したり、なんだりで通っており、

緊急入院からのその数日とはいえ
私にも自分の優先順位たるものを
取り戻さないといけないと思い始めていた。

主治医に付き添って欲しいと言われてから
ほぼ仕事は断っていたし、
ほとんどの時間を友のスケジュール中心に
動いてた私。

帰宅するとドターっと倒れては、

「疲れたーーーぁ」

と言える日もあれば、
それすら言えずにあれこれ考えながら
調べたり友とチャットする時間がほとんど。

そんな様子を見て、旦那さんがひと言、

「しなくてもいいことするからだ」

と言い放ったのだ。

「どんなに大事な友にせよ家族じゃない。
 ほんとなら何もしなくてもいいはずだ。
 彼女も大人だろう?なんでそこまでする必要があるんだ」

この言葉の裏には、
私が私自身の体調や旦那さんのこと、
仕事やその他よりも友を優先していることへの
不満もあっただろう。

でも何より私の体調を心配していることは
とてもよくわかった。

友にも心を決めさせてるのだ。
私も「自分がしなくては」という
思い込みから離れよう。 

そう思い入院してから友の家のことや
時々用事をお願いしていた手話通訳士の人とも
現状を伝え、私たち自身もスタンスを
変える時期に来てるということを話し合った。

そこで出た言葉の中に、

「当然何かしてあげたいという思いがあった。
 でも身体はとても疲れていて・・」

というものがあり・・・。
聞けばその方も家族の介護や様々なことが
大変な中で友のためになるならと
合間をぬって時間を作ってくれていた。

「そんなムリして根詰めなくても大丈夫。
 きっと友は切り替えてくれる。
 私たちも自分と自分の家族を優先しよう。
 疲れた日は疲れたから行けない。でいきましょう!」

というようなことを伝えた。 

「してあげたい」

は時々自らを苦しめる。

それができない時、
それがうまくいかない時、
それが良い結果にならない時。

などなど。 

でもうちの旦那さんの言う通り、
「しなくてはいけない」
ことなど何一つなかった。 

友は私たちにとても依存していたけれど、
私たち自身も友に何かをしていることで
なんとか切り抜けているように
錯覚していただけかもしれない。 

介護時期からヘルプ時期へ。

出張期間は良い転換期になる。
きっと・・・。

そして私は出張明け、転院先の病院として
あることを期待して2つの病院を選び、
ソーシャルワーカーへ空きがあるかどうか
確認しておいてもらうよう伝え、
出張に出たのだった。 

そしてこの選択は本当に
想像以上に転換期となるのだった。 

つづく 


 








[PR]

by sarah_51 | 2018-09-18 21:45 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑪「母、子猫を崖から突き落とすの巻」


無事心配事の1つが去った友。


放射線治療も順調に始まり、
短時間で終わる治療の合間には
リハビリもスタートしていた。 

お猫サマーズも無事さらわれ、
さああとは治療に専念するべし。
というところで、私が仕事で
4,5日出張があり病院には
行けなくなる時期に。

その前に必要事項を確認しておこうと
友のところを訪れて、
少し気晴らしに病棟以外のところへ
連れ出そうということに。

1人では院内にあるコンビニへも
許可が出ていなかったが、

「今村さんといっしょならOK」

というおでき先生の許可がww 

この頃やたらと友は
「さあらさん、お母さんみたい~♡」
とごろにゃんしていたのだが、

はてさて移動しましょうかねって
時になってみると・・・。

看護師さんが車いすを持ってきて、
どうやらそれを私が押していくらしい。

友は耳が聴こえないので
後ろで押してると会話にならないため、
私は前を歩き、犬の散歩のように?
車いすを前から引っ張ることに。

が!・・・その瞬間

「おっんも!!!!」

と言ってしまったww

重いのだ!!!本当に!!!
なんだこのだらんとした体は!!!!
と思うほど友の体は重くなっており、
私はさらに次の瞬間

「なんで私が車いすを引かないといかんのだ!!」

ということに気が付いてしまった。

「ちょっと!自分でこげるでしょう?
 手も腕も問題ないでしょう?? 
 なんで自分でこがんのじゃ!!!」

と半ば𠮟りつけるように
友に車いすのこぎ方を教え移動させた。

全然問題なくできるじゃないか。

しかし再度疑問がわいた。

「トイレまで歩いてるじゃん(数歩だけど)。」

そうよ!この人歩けない人じゃないのよ!!
という声が私の中でぐわんぐわん回り・・・。

確かにフラつきはあるけど、
歩けなくはないのだ。
すぐさま歩行器を持って来て、

「これで歩きんしゃい!」

と歩かせたところ、

「うわ~~楽~~~ぅう(*´▽`*)」

と喜んでいる友。
よ、喜んでる場合か?ww 

そして今後のことなどを
話している時、私は驚愕の言葉を聴いたのだった。

「さあらさんが心配だから、
 入院してた方がいいんだよね?」

という言葉だ。

確かに私は1人暮らしで脳転移後、
治療開始までの間悪化していく危険性を
考えると、入院できたら安心だけどとは
言っていたことがある。

でも私がそれに対して伝えたのは、

「私が心配だから」じゃなくて、
「あなたが一人で生活できるレベルじゃないから」
入院してるのよ?わかる???

だった。

確かに具合は良くなかった。
頭痛はひどく、めまいもひどかった。
でもお茶くみに廊下を歩いて行っていたし、
自分でできることも多かったはず。

だけど根本的なところで、

「サポートはあくまでも本人がどうありたいか」

に対して行うもので、
私や周りの人が「自分がしたいことを」
あれこれ勝手にするものではない。
と思っているので。

「自分がどうしたいか」

がないまま、今のまま
上げ膳末で、介護されてる生活で満足なの?
それでいいの?友がそういう生活だと
嬉しいな~楽でいいな~って望んでるなら、
どこまでも介護しますよ。

または、1秒でも治療してたい!
どんな姿になってでも「治療」を続けることが
今の希望なんだっていうなら、
とことん抗がん剤でも放射線でもがんがん
やってもらうよう頼んであげるよ。

でも本当にそれが望みなの?? 

もしもの時は散骨がいいな~(*´▽`*) 

とかぬかしよるけど、
あなた散骨っていくらかかるか知ってるの?
それ誰が払うの??お金ないよね?? 

簡単にそういうことぼやくのやめて。
本気でそうして欲しい!
それが信念ならいくらでもお金かき集めて
どうにかしてみる。

でも単に夢見心地で空想的妄想で
何か言ってるなら簡便してくれたまえだよ
おっかさん。 

というわけで・・・。 

もう1度言うけどこのまま効果が出なかったら、
「残り三か月」
それでいいの?それが自分が過ごしたい時間なの? 

そのことをもっと切実に考えてもらうべく、
私が出張から戻るまでに、

・葬儀の方法、具体的な埋葬場所などを決めろ
・荷物の片づけを自分でする気でどうするか考えろ
・万が一の場合伝える人、内容はなにか書き出せ 

などなどを全部もう一度自分で調べて決めておくように。

それと、今のまま自分でできることでさえ
しないままだと、入院してるだけで体力は落ちる。
放射線治療の効果が出ても、

「筋力がた落ち」

で何もできなくなってるなんて
治療をした意味すらなくなってしまう。

ということを伝えて、
1日にするべき筋力トレーニングの方法、
回数、いつ何をどのようにするか。

あれこれ伝えて出張中は放置することにしたのだった。

「お母さんみたい~♡」

と甘えていたはずのさあらさんは、
子供を崖から突き落とすかのように
厳しいことを連発www

でも私がずっと気がかりだったこと。
それは友がいつもただただ、

「はい」

と言ってることだった。

主治医にも、看護師にも、
友達にも、お猫サマーズには特に!!

これだけは嫌だ。
これだけはなりたくない。
こんなことはやりたくない。

もっと自分のこだわりがあるはずなのだ。

そして彼女にしかない、
彼女しかできないこともまた、
あるはずなのだ。

私はもうすでに友の全てを
引き受ける覚悟で挑んでいるのだ。

甘えるな。

そんな生半可な気持ちで
生きてられてたまるか。

そんな気持ちを静かながらに
伝えたように思う。

のちに友はこの日のことを、

「さあらさんに殴られて目が覚めた」

と語っていたけど、
あ、見えてた?殴ってたのww
 
ていうねww
(エア遠隔殴りですがーw) 

でもね、お互い真剣勝負だと思うんです。
任せるほうも、引き受ける方も。

やれることしっかりやって
「自分」ってものの軸を決めた上だからこそ
安心して任せられるはずなので。

そう簡単に適当に丸投げするなー!

と思いつつ・・。
私が厳しくするのはあまりないので
その間はみなさんに励ましてもらうなり、
会ってもらうなりして優しくして
もらってたらいいかなーと思い。

面会枠を広げて会いに来てもらう
ことにしたのでした。



つづく 







[PR]

by sarah_51 | 2018-09-17 22:15 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑩「こうしてお猫サマーズはさらわれたの巻」


どうにか入院できた友。

最初に脳転移とわかった時点で
明らかに問題と感じていたのは、

・4階建てのアパートの4階の部屋(階段手すりなし)
・3匹の猫 

だった。
治療のことじゃないのかよって感じでしょうけどね。

治療は適正な検査と標準治療を受けていたし、
病状から考えてもできることを、
やれるときに最大限の努力でやってもらっていたので、
そこはそれほど心配ではなかった。

それよりも先のことを考えると、
この「猫」と「4階」での一人暮らしは、
ほんとむきょーーー!!
っとなるほど申し訳ないけど
「邪魔な」案件だったのです。

なぜなら、私も含めて身近な友人たちの
多くが猫アレルギー。
部屋に入って必要なモノすら取れない状態。

ところが、あっさりと、
「猫を預かろうか」
と言ってくれた友の友がいた。

それがこの方「ソルトさん」

a0188838_21520273.jpg
まぁ♡ 
私ったらごろにゃんしちゃって。

でもこの日が初対面でして~笑。
しかも会ってまだ数分後ww 

耳が聴こえないとは聞いてたけど、
「それが何か?」
というほどの「瞬殺で」、
魂まで通じ合ってしまいましたねぇ。

合鍵を持っている私と
アパートで待ち合わせて、
出会った瞬間、0.5秒でむぎゅっ!!!
とハグし合ってもうごろにゃんだったざます。 

でもソルトさん、、大阪の人なんですけどねww 
車で来ましたよー。デザインもソルトさんらしい・・。
すごー。 

a0188838_21521309.jpg
運転してくれたのはこちら♪ 

a0188838_21522881.jpg
今から入りまっせ~な図です。
これまたすんごいいい人で!! 

が、私はこのお二人に後は任せて、
お会いしてから5分もしないうちに仕事へ。

聞けば猫は急にやってきて、
いきなりかごの中へ入れるとか
普通大変らしく・・・。

「少し家の中にいっしょにいて慣れたころにつかまえる」

と言っていたソルトさん。

そうよねぇ・・それを3匹もするんだもんねぇ・・。

と思っていたら・・・。

「あっという間に?」

捕獲完了したらしくーwww 

うちの猫は人になつかないから~とか
怖がってなかなか入らないと思うーとか
あーだ、こーだと友は言っていたけど。。

「全然あっさりーのじゃね?」

という感じでさらわれたでありますww

ソルトさんと友はいっしょに
幻想まんだらを描いているアーティスト同士でもあって。

せっかく大阪から来てくれたのに、
滞在時間30分!?!?という勢いだったけど。

帰っちゃう前に私もギリギリ間に合って。

a0188838_21515284.jpg
しっかりガンバルんだぞ。

と気合を入れてもらい、
数年ぶりにあったというソルトさんに、
友はえらくはしゃいで、ソルトさんが
帰った後も珍しく起き上がって
たくさんたくさんおしゃべりしていた。

嬉しかったんだろ~。 

そりゃそうだよね~。

と思ってふとソルトさんが友の家から
病室に持って来てくれた箱を開けると・・・。


a0188838_22064284.jpg
友よ・・・・。。。
ほんとはイケメン病とかいう
病名じゃないのー?ww 

まぁでも・・・
家の整理。
少ししような・・・www

と思いつつ・・・笑 

つづく 













[PR]

by sarah_51 | 2018-09-15 22:15 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友とわたし⑨「進行」


ようやくなんとか入院できた友。


初日は点滴後、午後からかなり元気で
暇だ暇だとうるさかったけど、
夜になり、「頭が痛い」と送ってきた。

脳腫瘍の人の症状は始めは頭痛の訴えの
人も多いけど、最初は午前中だけ、、という
ことも多い。でもそこから徐々に、またときに
それは急激に症状が変わっていくことも多い。

だから入院した、、という以外治療を
しているわけではないため、
そのままただ時間が過ぎることに
私はちょっと不安感を覚えていた。

「早く治療を開始できんやろか」

夜、再度頭痛がすると書いてきた友に、
朝の点滴だけで足りないかもしれん。
何時でも気にしなくていい。
症状は我慢せずちゃんと伝えるように。

そう伝えると、消灯時間ギリギリから
再度点滴してもらえることになったという。

「このままだと日々進んでしまうかもしれない、、」

そう思った翌日。
友の頭痛は朝からひどさを増し、
立ち眩みと、以前からあったモノが二重に見える
状態も決して良い状態とは言えなくなっていた。

例えばそれはベッドから起きよう!
と思った瞬間クラクラを超えて、
まったく動けなくなることもあったし

ほんの少し上を見上げる(荷物を棚から取るのに)
だけでもその痛みと立ち眩みはひどくなった。
四六時中痛みがあるため、
本を読むとか長い文章を目にするのも疲れる様子で、
冗談は言ってはいるけど、

看護師さんの口を読んで理解するのも
それなりに疲れる様子・・。 

幸いベッドのすぐ脇が室内トイレなので、
トイレまで自分で行ける状態だったけど、
廊下は明らかにふらついて危ないためか、
移動は車いすを押してもらうようになってた。

このままだともっと症状が進むのも
早いかもしれない。なんとか治療をすぐ
開始してもらえんやろかー!

と思いつつ仕事してたら、
「治療、早めてくれることになった」
というメッセージが!

アルハムドリッラー!

それはよかった!!
なんとか治療が始まるまで
痛み止めでもなんでもいい。
少しでも楽にして、ゆっくりして、
無事開始できるようにしときんしゃいよ。

というわけで。。。

そうだ治療で頭がどうかなる前に
寿司寿司寿司ーと騒いでたっけな。

と思い出し、、、。
夕方デパ地下で友の大好きな
マグロマグロぎっしりを買って。。。

a0188838_21085887.jpg
甘やかしすぎですハイww 

看護師さんに見つかり、

「な~ま~も~のおおおおおお????」

と叫ばれましたが、
「うふ♡」
とだけ我々は答え、、、www 

そしてこの時友ははっきりと

「今食べ物を制限されたらマジキレル!!!」

と怒りを、、、あらわにww
ちょっと点滴のせいかしら・・。
少し興奮気味と言いますか、
食欲ありすぎるといいますか・・・。

まあいいか。食べれるなら食っとけ食っとけと
甘やかしまくってしまいまして。

いよいよ治療開始となったのでありました。

つづく 






[PR]

by sarah_51 | 2018-09-11 21:14 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑧「急な入院には食事の準備を」


救急車で運んでもらった友。

駐車場に車止めてる最中に
おでき先生から電話があり、
駐車場だと言うと、

「じゃあとでー」
「はいあとで~」

と諸事わかってくださってる様子。

ところが病院に着いて救急外来入り口に行くと、
事務のおねーさんが立っていて。

「先ほど救急車で到着した○○の付き添いの者です」

と中に入れてもらおうとすると

「失礼ですがご関係は?」

と聞かれた。
「友人です」
と答えると、
「ご友人、、、、」

と友人って入れてもいいの?的な
感じでいくつか質問を受け、
さらには別な事務スタッフに
確認しますという感じになり、、。

「救急車を呼んだのは私で、
 主治医の○○先生からも電話をいただいてます」

と言ってみるもすぐ入れてはもらえない。

うみゅーー!と思っていたら!

なんとー奥のスタッフ入り口のとこから、
おでき先生が手を振ってるじゃないかー!

「やーん先生~~(*´▽`*)」

と手を振って、いやもはや事務の人
完全にスルーして笑、救急外来の中へ。

1番奥のベッドの回りに数名の人が立ってて
何やらやってる感じの中に、
ベッドを少し頭起こして手を振る友を発見。

案外大丈夫そうだな。

という第一印象で、
すぐさま先生が、

「今村さん、状況はそれほど変わってないけど」

と切り出したと同時に、

「入院、、」

と声がかぶってしまった笑。

「ですよね」
「ですね」
「助かります。治療はどうしますか」
「うちの病院でできることをします」
「わかりました。よろしくお願いします。」

と友がベッドから不思議そうに、
何言ってるんだろーとみてる一瞬で、
物事は決まった。

そのまま友に、

紹介先の病院ではなく、
この病院にこのまま入院させてもらえること。
予定していたγナイフの放射線治療は
できないけれど、ここの病院でできる放射線治療を
してくれるそうなので心配いらないことなどを
伝えた。(それがあの会話で決まった)

点滴で脳の浮腫を軽減する薬を入れてもらいつつ、
病棟へそのまま移動。
子宮頸がんの手術の時入院した部屋と同じで、
看護師さんたちも顔を覚えていてくれてたので、
あれこれと話が早かった。

とりあえず最低限の荷物を持って来ていた友が
パジャマに着替えるという間に、
ポカリ、水と何より「昼ご飯」を
買いに出かけた。ついでにオヤツもww 

病棟に着いたのはお昼ちょっと前。
午前早い時間だったら、
まだご飯をお願いできたと思うけど、
ぎりぎりじゃ買って食べるしかない。

この頃友は味覚障害で、
辛い物がやたらと甘くなる感じだったけど、
辛い物の方が食べやすいと言っていたので、
「ビビンバ丼」
を買ってきてその食べっぷりと
お腹すいてたー!という友の嬉しそうな
表情を見て、

「あたしゃ仕事行くわーすまねー」

と午後からのサロンの仕事へ急ぎ戻ることに。

8/15 様子がおかしいためタクシーで病院へ。脳転移を示唆される。
8/16 脳外科おでき先生より治療が今月中にできなければ余命3か月と言われる。
8/17 24日他院受診予約と紹介状、治療について説明される(私のみ)
8/18 アクティブカラーセラピーと万が一の場合のあれこれを預かり計画する。
8/19 寿司寿司寿司ーと騒ぐ 
8/20 朝立っていられなくなり遠隔で救急車を呼び入院。

思えばたった5日間。

バタバタしたけれど、いつも友は寸でのところで、
良い方向にぐっと向かうことが多い。

今回も実は紹介先の病院で本当に治療が可能か、
「行ってみないとなんとも」
という状態でとにかく8月中にまずきてくださいと
言ってもらえた唯一の病院だった。

たとえ24日そこの病院受診しても
その日に入院、治療が開始できるわけではなかったので、
入院できてよかった、、、というのがほんとのところ。

そしてこの日はやたらと、

「暇だー、やることがないーモノもないー」

と点滴で午後にはすっかり元気になった
友だったが、翌日からやっぱりこの日
入院できてほんとよかったと思う日々となるのだった。 

つづく 











[PR]

by sarah_51 | 2018-09-07 22:42 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑦「遠隔で救急車を呼ぶ」


これまでの超絶慌ただしい1週間はこれ。

水曜日:友の様子が変でタクシーで無理やり病院へ送り脳転移を示唆される
木曜日:脳外科にて脳転移と治療しなければ余命3か月と告げられる
金曜日:私のみ詳細説明に呼ばれる
土曜日:先のこと万が一のこと相談 
日曜日:放射線治療ができる病院の受け入れを心配する 

友は日曜日やたらと「寿司!寿司!マグロマグロー!」
と騒いでおり、メッセージだけのやり取りだったけど、
放射線治療をお願いする病院へ行く前に
寿司でも食わせとくかーという気ではいた。

気ではいたけど実のところ予定の店の
休みや、私の仕事の都合もあり・・。

「月曜しかないじゃん」

っていうことに。
「月曜って、、、明日よね?すぐじゃね??」
と思いつつも、
友の勢いがすごすぎるので、
まぁ実際明日になってみてから
昼行くか、夜行くか考えよう、、、。
それにしても明日かぁ。。。急ねぇ・・。
と思っていたら翌朝、

「今日はお寿司行けない」

とメッセージが。
聞けばふらつきがひどく立っていられないという。

いや、寿司の話の前に症状だろが。
と思いつつどんだけ残念なんだ寿司ww 

でもおでき先生から万が一の時の
話を聞いてたので、すぐに、

・ふらつきの状態・程度
・頭痛や吐き気の状態 
・麻痺はあるかないか
・発語や携帯操作することに問題はないか

に相当するものをさっと確認し、
PCで本人に聞きながらそのまま
かかっている病院へ電話。

診察券と連絡先などを聞いておいてよかった。。

交換手に名前と診察券番号を伝えて、
脳外科をお願いした。
この時は友人とは言わず、

「○○と言います、診察券番号を言います」

とだけ。
友人ですとか余計なこと言うと面倒なので。

脳外科の看護師さんが出たけど、
残念ながら本日外来はやってないという。

いや?それはむしろラッキーだなと思い、

「○○先生に体調変化時はすぐ救急車で来るよう
 言われています。確認していただけますか?
 付き添いの今村からと言えばわかります。」

と伝えると取り急ぎ折り返すとのこと。
友に今おでき先生に確認してもらってる。
救急車を呼ぶかもしれないのでと
動ける範囲を再度確認。 

すぐ折り返しあって、
「先生からすぐ救急車で来てくださいと」
とあったので

いやータクシーでも行けると思うーとか
なんとか階段降りてみるー
とか言う友を遠隔で殴り倒して?

「いいからまず家の鍵を開けろ。
 次は保険証・貴重品など準備できたら
 しておくように。万が一何かあっても
 救急隊の人が入れるので心配ない。」

と打ち込みながら119番へ電話。

「救急車お願いします。
 住所は・・・」

とすぐに住所を伝えた。

病院へかける際は必ず名前と診察券番号を
最初に伝える。これは電子カルテで
その人をすぐ検索してくれるので話が
スムーズなためだ。

でも救急車はちがう。
まず救急であることを伝えたら、
住所をすぐに言う。話しながら
救急車を手配してくれているからだ。

この時は、

「〇歳女性、私の友人です。意識はあります。
 耳が全く聴こえないため代わりにかけています。
 子宮頸がん術後脳転移で○○病院にかかっています。
 今朝から急にふらつきがひどく、主治医に電話確認したところ、
 救急車で来るよう言われました。
 救急外来へも連絡済です。」 

と先に伝えて、あとは聞かれるままに
症状などを伝えた。

救急車は実のところ呼んだ後で、
受け入れ先の病院を探すことも多い。
かかりつけに先に連絡しておくことで、
その手間が省けてすぐに運んでもらえる。 

最後に意識はあってメッセージは
やり取りができるが耳が聴こえないため
途中電話をしても本人は取れないこと。

会話はゆっくり大きな口で話してもらうか
筆談してください。
鍵は開けてもらってあるのでそのまま
入ってください。 

など伝えて、あとは私もそのまま
病院へ直行するので先によろしくお願いします。

とだけ言って友に、

「5分で救急車が着く。準備せよ」

とメッセージしてそのまま家を出た。 
行く道すがら、

「入院させてやってくれ~~~~」

と思いつつ・・・。 

つづく 












[PR]

by sarah_51 | 2018-09-04 22:43 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑥「感情の崩れ」


2番目の妻のくだりがなかなか人気です笑。 


しかし実はこの日、私は友と別れた後、
自分の感情がやや壊れているのを感じていました。

街を歩いていても、
ふと目に留まるのは友が好きそうな
スイーツだったり色合いだったり。
はたまた友がこの日来ていたシャツに
似たような服につい目が行き、、、。

別に何が哀しいとかどうとか
思っているわけではないのです。

でも気が付いたら頬に涙が流れていたり。
なんとなく気持ちの1部が
カタカタしている感じでした。 

その原因は友の病気ではありません。

彼女がアクティブカラーセラピーで、
「自分の不安を取り除いてくれるモノ」
として心の奥底の気持ちを出した時、
それが「さあらさん」という
私の名前が出たことにありました。 

実は同じように、私を見るとほっとして、
また私がいると自分らしくいられる。
そう話してくれた人が過去にいました。

1人は私の旦那様の祖母「ばぁちゃん」

そしてもう1人は友人のお母さま。
私はこの2人のいずれも、その看取りとその後まで
関わらせていただきました。

神さまを信仰していると、
人が亡くなっても哀しくない。

そう思ってる人もいるかもしれません。
でも本当はそうではありません。

神さまを知っているからこその
喜びと哀しみがあるのです。 

またその大切な人の死の過程に
自分が関わることの重さと
責任を感じないわけではありません。 

このたった4日間に起きたことは
単に友人という枠を超えて、
その人の命を見送る覚悟を即座に決めなくては
ならない時間でした。 

水曜日:友の異変に気付き病院へ無理やり送る
木曜日:脳外科で脳転移の説明を受ける
金曜日:脳外科医に私だけ呼ばれ再度詳細説明をされる 
土曜日:友とアクティブカラーセラピーその他打ち合わせ 

友も大変だったと思いますが、
彼女が考えるよりはるかに長い時間の流れと
たくさんのことを考える必要のあった私は、

それを共有するでもなく
ただ1人感情がやや壊れたのだと
自分でも感じました。 

でも「ばぁあちゃん」の時のような、
世界の色と言う色全てがなくなったような。

「終わり」を感じるものとは
ちがっていました。 

そうではなく、まだ残りの命の時間があって、
神さまが私をそばに置き、
何をどのようにお望みなのか。 

私には少し立ち止まって、
1人の時間の中でそれをかみ砕く
必要がありました。 

日曜日はもともと会う予定でしたが
都合で会えなくなり。

「今日は会えないの?」

と聞いてくる友を、

「恋人かよ!」
と思いつつも、「今日は会えない」
と伝えて、少し自分を整えようと
何もせず、ただ時を過ごすことにしました。

友のために祈らない時間はありませんでしたが、
さらに加えて、ただただ祈る言葉は、

「最も良い方向に導いてください。
 そしてお望みのまま私を善いことにお使いください」

ということだけでした。

私にとって自分をリセットするというのは、
あくまでも「自分が」しているという
「自分」をなくすことにあります。

何ごとも神さまから来るもの。
ゆえに、それが一見悪く見えても
良いことにつながるよう祈り、
また自分がいかに弱く、何もできない存在で
あるかを認め、ひれ伏し、だからこそ
お望みのままに使ってくださることを
願う。その時間が必要でした。 

1日友と離れて過ごし
私の感情はいつものように戻り、
あとは友の体調がもつのかどうか・・。

それだけが心配の種でしたが、
まさか、、、というやはりこれは
神業だなーと思う方法で全てが
ぐっと回りだしたのです。 

つづく 







[PR]

by sarah_51 | 2018-08-31 22:54 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑤「2番目の妻という選択」


頭と心で想っていることは、
時々異なることもある。

脳転移と説明され、もし治療が
できなかった場合残りの時間はあと
3か月くらいかも、、と言われた友。

アクティブカラーセラピーには、
残りの人生の時間を告げられた人が
その時間をどうして過ごしたいか。
という心の声を引き出すコースがある。

さっそくサロンに来てもらい、
そのコースをやってみたところ・・・。

「ずっと最期まで今の家で猫と過ごしたい」

と涙目になっていた友とは思えないほど
びっくりな感じの、

あれしたい、これしたい、
ここにも行きたい、あれも食べたい。

という「したい、したい、したいー!」

がいっぱいだった。
聞けばお猫サマーズ(3匹)がいたこともあり、
旅行とかあちこち出かけるとか、
想像以上にいろいろ自分で制限して
きたということがわかったらしい。

お猫サマーズが引き取られるとわかった今、
不思議と出てきたのは「欲」だったww

こりゃまだまだ長生きするわ~

と思いつつ。彼女から出た結論は、

「私らしく生きたい」

という言葉だった。 

a0188838_17462447.jpg
セラピーが終わってオールOKという気持ちになったという友


曼荼羅を描いたり、面白おかしく過ごす。
それこそが彼女が望んだ自分らしい
時の過ごし方だった。 

とはいえ、病気のことや先のことで
不安がないわけではない。

当然それもセラピーの中で見え隠れ
していたのだけど・・・。

それを取り除いてくれるモノとして
出てきたのが・・・。

「さあらさん」

だった・・・。

「私っすか!?!?!」

っていうオドロキ。。。ww 
光があって輝いてて拝みたくなる存在らしい。

そういえばよく拝まれてるなw
(手話のうちだと思われるが)

でもまぁ冗談抜きに
「万が一」
のことも考えないといかん。

ということで、万が一の時のために、
合鍵や不動産管理、診察券や通帳など
必要なモノのコピーや写メなど
いろいろこの日は取らせてもらったけれど、
最後に課題として残ったのが、

「お墓」

の問題だった。

家族とは縁がもうないとはいえ、
1人暮らしで万が一の場合、
どうして欲しいのか。

サポート側としては聞いておかないと
困ることが多すぎる。
かといって墓を買うというお金や
その後の管理も考えるとどうしましょうねって
ことに・・。

うーん・・・と悩む友に、

「1番簡単なのは、うちの旦那さんの2番目の奥さんになって
 あとのことは我々夫婦が全部するという方法だな」

と真顔で言ってしまったww 

うちはイスラム教徒なので、
男性は4人まで妻を持つことができるんです。

そもそもこの4人までという規定は、
戦いで夫を亡くした女性たちが当時多く、
その後の生活や子育てなど女性1人では
大変だったことから、扶養可能な男性は、
4人まで妻として受け入れて面倒をいっさいがっさい
見るようにできるようにした制度。

ただし妻には1番目とか2番目とかなくて、
実際には金銭的にも愛情としても
平等にしないとダメで、それができない場合、

「妻は1人にしておきなさい」

という言葉で締めくくられているのだ。

とはいえ、イスラム教徒の場合、
誰かが亡くなるとその埋葬や管理、
その他いろいろなことをみんなで行うので、
家族だけの負担になることもなく、
またその方法も決まっているので安心なのである。

というわけで。

「どうする?2番目?」

というなんだそれww
っていう考え事も1つ増えたわけだが・・・。

「私はさあらさんとウエディングドレス写真撮りたい」

とか言う意味不明な返事が返ってきて、

「いえ。そういう趣味はございませんゆえ・・w」

っていうこれまた妙な返事になる始末ww

まぁとりあえずこの問題はぼちぼち考えるか。
ということで、本当に二人とも、

「今日はもう頭いっぱい!」

というほどありとあらゆることを
想定しての準備をしたのだった。

紹介先の病院が本当に「治療を受けてくれるのか」
という心配と問題だけを残して。 


つづく 









[PR]

by sarah_51 | 2018-08-29 17:59 | 医療と健康  | Comments(0)