カテゴリ:医療と健康 ( 39 )

「脳転移」と友と私⑳「夕食のそばに感極まる」


不動産屋でアパート契約の際の
本人確認で非常に苦労した後。


もう1軒だけ、、行ってみよう。

そう思って出かけた不動産屋さん。
ここに行くと決めていたわけではなく、
とりあえずその駅に行くと決めて、

ぐるっと見渡していくつかある不動産屋から
ふっと目に留まった目立たないところに
ある不動産屋さんに入ることに。

座ってすぐに、

友人のアパートなのですが。

と切り出し、

・耳が全く聞こえないこと
・現在入院中で退院先に階段のない場所を探していること
・退院日が決まっており〇日までに入りたいこと
・耳が聴こえないことで本人確認がネックになっており
 可能な保証会社と合わせて探して欲しいこと
・家賃や○○円まで、ワンルームでXX近辺で。

などをすぐさま伝えた。

するとその担当者の方の返事は、

「耳が聴こえないのは子供の頃からのものですか?」

という今までと全く違い、
オロオロするでも、いや~っと困った様子でもなく、
聞いてきたのだ。

「はい。1歳の頃の病気が原因です」

と答えると、ちょっとお待ちください。
とどこかへ電話をし始めた。

終わって伝えてくれた言葉に、
私はまたしても驚いた。

「今私の先輩に電話していたのですが、
 確か以前同じように耳の聴こえない方の
 アパートを見つけていたなと思いまして」

という・・・。

そして聴覚障害者であっても
受け入れてくれたその保証会社の名前を
聞き出してくれており、かつ大家さんで、
障碍のある方でも入居OKですよと
以前言ってくれたという物件のめぼしまで
その電話でつけてくれていた。 

テーブルに置かれたPC画面で、
受け入れが可能な保証会社と大家さんで
検索し、こことここあたりですが、
どうですかね・・。

という・・。

ありがたや・・・・(ノД`)・゜・。 

昔から間取りとか見るのが好きな私にとって、
その中からよさげな場所を選ぶのに
5分もかからなかった。 

「ここか、こちらのどちらかで契約します。
 明日本人といっしょに見れますか?」

そう聞くと早速鍵を確認してくださって、
明日見学できることに。 

「ありがとうございます!本当に!」

お礼を言って外に出た後、
私は興奮と感謝となんかよくわからない
震える手で友にメッセージした。

「物件見つかった!!
 明日見に行くから外出届出しておいて」

するとなんと、、、

驚く友の返事はさらに驚くもので・・。

喜びと驚きと、、というより驚愕の
コメントをいくつか送ってきた後、
ちょうど夕食の時間でご飯が来たと言い、、

「今日夕食!!!! そば!!!」

という・・。

2人で同時に

「引っ越しそば!!お祝い!!!」

と興奮してしまった。

友がいるリハビリの病院食に
実は「麺類」が出たことがなかった。

それだけに、このタイミングで、
「そば」が夕飯に出るなんて!!!

アルハムドリッラー!!!
(アッラーありがとうう!)

いったい誰がこの日このような形で
不動産屋さんで部屋を見つけると
知っていたでしょう。

いったい誰がその日の夕食をそばに
してくれるだなんて考えてたでしょう。

少なくとも私たち2人は何も知らなかった。

そして本当に窮地に追い込まれるようで、
いつも寸でのところで友はこうして
ぐうううっと!救い上げられるのだった。

猛暑で脱水かと思っていたあの日の頭痛も
たまたま私のサロンに来ていて寸でのところで
脳転移がわかり。

放射線治療ができる病院がない、、と思っていた
ところ寸でのところで症状が悪化し入院となり
無事ギリギリで治療が受けられることになり。

緩和ケアの受け入れがどこもないと思い、
老人ばかりの病院でのリハビリで最悪だと
嫌がっていたかと思いきや、
手話ができるおばーさんがいたり、
みなさん耳が遠くて大して変わらなくて
温かい人たちに恵まれたり・・・。 

友はいつもいつもいつも!!!

いろんな人たちに囲まれ、
様々な大変さをすり抜けて、
私にアッラーのその采配を現実のものとして
見せてくれ続けていた。 

あとは明日の物件を見て契約が進むことを
今日は祈って。。。

そう喜ぶ気持ちと共に、
私はどこか、

「今が良い時期のピークかもしれない」

そう思う気持ちも実はこの時
モヤモヤと感じていた。 

このモヤモヤがいったい何であるのか。
その結末がどうなるのか。
私にはまだこの時具体的には想像できていなかった。

でも本当はもうすでにその異変は
この時には起きていたのだと。
今振り返ると思う。 

つづく 















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by sarah_51 | 2018-10-29 11:36 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑲「耳の聴こえない人のアパート契約はすこぶる大変!?本人確認という壁」


友のアパートの荷物整理という名の処分を
していた頃。

私は同時並行で1つの大きな壁に
ぶち当たっていた。

それは、

「聴覚障碍者の本人確認」

という名の、不動産契約の壁。

新しいアパートを探すべく、
私はいくつかの不動産屋を回っていた。

病院にも行きやすく、
1人で生活するとしても便が良く、
かといってこれからの生活を
ゆったりと過ごせる場所。

大筋目途はつけていたけれど、
いかんせん不動産屋で、

耳が聴こえない。

ということを言うと、
「保証会社がですねぇ・・」
と良い返事をなかなかもらえなかった。

何が問題かと言うと、
不動産屋が仲介する時、何か条件があれば
大家に電話確認している。

でも大家が耳が聴こえない人でも
別にいいですよと言っても、
(言わない場合もある)
保証会社が火事や災害の時、
電話連絡できないのは困る。
というような理由で嫌がるというのだ。

そのため、本人確認を電話で
させてもらわないと、、という。

( ゚Д゚)・・・。

それに去年あたりから民泊を不法に
する人らも多いとかで、本人確認が
やたらと厳しくなったとかならないとか。

( ゚Д゚)( ゚Д゚)・・・。

いやあんた、今私に電話して、
本人ですか?
って聞かれて、ハイって答えたら
それで終わるやろ?おかしーやん。
っていう・・・。 

いや、ほんとね。
本人なんなら外出届出して、
病院から連れてきますよ。

不動産屋さんが直接会って
確認してくれてもいいじゃないですか。
なんなら保証会社にでも連れて行きますよ。

と言ってみたものの、

4軒回ってどこもなんとも
キレの悪い返事ばかり。
しかも退院日が決まっていることもあって、
2週間以内に決定と鍵をもらわないといけない。
あまり待っている時間もなく・・。

さすがにくたびれて、
友のところに行って状況を伝えると、

「マジかー( ゚Д゚)・・・。
今までそんなことなかった・・・。」

と驚きつつも最後にこう言ってきた。

「私は自分のできることをがんばる。
 やれることをやって、
 その結末は何であれ身を任せる」

はっとした・・・。

入院中の友にできること。
私にできること。

そして私は一旦家に戻り、
急いで身体を清めて礼拝をすることに。

アッラーよどうか彼女に最善の方法をお示しください。
そしてその全てをどうか容易くしてください。

そう祈った後、私はどうしてもまだ
やりきれてない気がして、
夕方を過ぎていたけれど、もう1軒だけ。
もう1軒だけ努力しよう。
そして後はお任せしよう。

そんな気持ちで今までとは違う方向の
不動産屋を目指して出かけたのだった。

そしてこの結末に友も私も
震える想いをすることになる。 

つづく 














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by sarah_51 | 2018-10-26 19:56 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友とわたし⑱「本当に持って生きたいものは何か」 


友がリハビリ病院でイケメン話で
おばーさんズと華やいでいた頃、


正直私は猛烈忙しかった。

理由は、

・友の部屋の掃除と業者選び、調整、その他
・友の部屋の物品処分と引っ越しの調整
・引っ越し業者の選定と調整
・引っ越し先選びと契約のやり取り
・退院調整と主治医病院とのやり取り

などなどをしていて、
あれこれ調べては連絡を取り、
できる限り安く、簡単で、どうにかできる方法を
模索していたから。

特に友の部屋はお猫サマーズ3匹の
猛烈な毛と毛と毛で、
私は玄関あけるだけでもかゆくて
たまらなくなるレベル・・・。

なので引っ越すといっても
その荷造りをするための準備は
色々本当に大変だった。

①お掃除本舗に床の絨毯をはがし、
 猫の毛掃除をしてもらう。
    ↓
②友にいるもの、いらないものを
 決めてもらう
    ↓
③不用品買取・処分業者にいるもの以外を
 全て処分してもらう

という流れで、毎日のように
友とはメッセージのみで、
あれはどうだ?これはいるのか?
これはもうダメだ。
などなどを聞いたものの・・・。

想像をはるかに超えた荷物で・・・( ゚Д゚)

さすがの私も

「新しい家はワンルームです。
 これだけは持って残りの人生
 生きていきたい。そう思うもの以外は
 処分してください」

と言う状態に・・・・。

それにしてもお掃除本舗ってすごいですね~。
HPにないプランでも対応してくださって、
何より、「迅速・丁寧・めっちゃきれい!」
にやってくれて・・・。

年に1度お掃除本舗で家を掃除するのも
いいかもな、、と思ったワタシですw 

はてさて持って行く品は
どうなったかというと。

あれだけ手放せない、
あれはこれだからあれだし、、
あれもこれだからあれなの。。

と言っていた友だったが、

「これだけは持って生きていきたい」

というものは実はほとんど
なかった、、という事実に
自分自身驚愕したようで・・・・。

驚愕の事実を納得し終えた後の
友の捨てぶり?は早かったっすねぇ。

それに想像以上にお猫サマーズの
毛がありとあらゆるモノに入り込んでいて、
衣服も含めてベッドもタンスも本棚など
ほとんどダメになっているものも多く、
曼荼羅や天描画に必要な画材など以外は、

「ほぼ全捨て」

の状態になりました。

ああ、、なんとデカイトラックよ・・。
という家族何人いたんだ( ゚Д゚)という
ほどの荷物もあっという間に業者さんによって
片付けてもらったであります。

残ったモノは本当に少なくて、

・冷蔵庫
・洗濯機
・食器(茶碗、どんぶり1個ずつ・箸、コップのみ)
・天井照明1つ
・PC、FAX
・風呂・トイレ掃除用品など

あとは曼荼羅に必要な道具類。
細々したものを
段ボールに入れても、
全部で5,6個程度になりました。

でも後に引っ越し終わってから思いましたが、
そこまで減らしてなかったら、
ほんとヤヴァかったです・・・。

でもそもそもたったの2週間で、
その家の主不在の中で、
引っ越し準備と引っ越ししなくちゃ
いけないなんて!!

今思うとようやれたなお前、、と
自分で言ってやりたい気分ですわ。
ぷんすか!笑 

しかーし・・。
ほんとここからがさらに大変で。

もうほんとどうなっちゃうのー!
と思うことがまだまだ続くのでした。

つづく 

















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by sarah_51 | 2018-10-14 15:46 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友とわたし⑰「洗脳」

リハビリ専門病院で
なんとか過ごしているようだった友。


久しぶりに所要で病院へ訪れる際、
同部屋のおばーさんズにと思い、
焼き菓子を作って持参した。

めったにそんなことをしない私だが、
この日は何となくそんな気分で
部屋の方達と友が仲良くなったらいいなぁと。

「どうも~~いつもお世話になってますぅ~」

と挨拶しながら、
これよかったらと1口程度の
焼き菓子を渡したところ・・。

「これはどこの国のお菓子ですか?」

と聞くおばあさんが。

「アラブのお菓子です♡」

と答えると・・・。

「わあああああ!
 イケメンの国のお菓子よ~~~(*´▽`*)!」

と大喜びでそのままお口にほい~~っと。。

ま、、まさか、、( ゚Д゚)。

そしてその次リハビリから戻った
別のおばーさんに同じように
挨拶したところ、

「今日はね、イケメンの先生がお迎えだったの~」

という・・・( ゚Д゚)( ゚Д゚)。

友よ、、、。
犯人はお前だな・・・w 

たった1週間ちょっとの間に、
部屋中のおばーさんズが皆それぞれ、
「イケメン」
という単語を発し、
何やら華やいでいるではないか。。。ww

しかも友を迎えに来てくれた若い
理学療法士さんに対しては、

「あの人はイケメンじゃない」

と厳しい。。。

友がやたらとイケメンだという
人はどの人なんだ?
とふと思い廊下を歩いている際に、
今うわさの人はいる?
と友に聞いたところ、

「瞬殺で」

チラ見しただけで、
「いや、いない」
と答えたざます・・・。

( ゚Д゚)( ゚Д゚)( ゚Д゚)

イケメンはそない
秒殺で見分けられるものなのかww

友は「背が高いからすぐわかる」
と言ってたが、私には
皆同じ顔にしか見えない・・。
マスクだらけだしww 

それにしてもおばーさんズ・・。
友が日々イケメン、イケメンと
そんな話ばかりしてるので、
皆さんも洗脳されたらしい・・・。

病院にイケメンって重要なのねww

この辺りから少し友の頭痛が
おさまりつつあって、
夜消灯時間が過ぎてから、
談話室で1人点描画と呼ばれる
作品を少しずつ描くようになっていた友。

でもどうやらおばーさんズには、
それが机の上で何やら書いている

=学生さんで一生懸命勉強してる
=時々来るお友達も学生さん(私)
=若いのにがんばってるわ~

という脳内解釈で固定しているらしく、
友は何かとお饅頭をもらったり、
私にまで孫が持って来てくれたなんとかとか
なんとかとか、なんとかとか・・・。

行くといつも色々いただくことに笑

そしてさらに良かったことは、
おばーさんズは耳が遠かったり、
身体がうまく動かせなかったり。

つまり友の方がむしろ
元気に見えるというか。
動けるようになっていて。

何かと彼女がおばーさんズを手伝ったり、
そうかと思えば、おばーさんズは、
まるで孫のような娘のような、、
友をいつも気にかけてくれていた。

つらい合宿所のように思えた
この病院はいつの間にか
友にとって、優しさに包まれる
時間の中で自分を取り戻していく
大切な場所になっていたのだった。

つづく 





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by sarah_51 | 2018-10-06 20:24 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友とわたし⑯「同室のおばあさん」


急性期の病院から、
リハビリ専門病院へ転院した友。


友が転院した際、
病室に案内されるエレベーターの中で、
すぐさま私は友の「取り扱い説明書」なる
お願いごとを書いたA4用紙を1枚、
看護師さんへ渡した。

「私はあまり多くこれませんので、
 彼女についてこれでご対応お願いします」

その一言で伝えたものとは。
以下実際の用紙をコピペ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

○○さんのご対応についてお願い 

この度入院でお世話になります。聴覚障害があるXXさんとのコミュニケーションを

円滑にするために、下記事項、ご協力をお願いいたします。 

◇聴覚障害について◇ 

発声が可能なため、一見会話が聞こえているように錯覚しますが、

全く耳は聴こえません。お手数ですが以下の点お願いします。

マスクは必ず外して話してください。

簡単な会話はゆっくり大きく口を開けて話してもらうと口を読んで理解できます。

マスクをしたまま聴こえてるかのように通じることがあってもそれは偶然か、

ジェスチャーでたまたまわかっただけで、実際にはあまり理解していません。

あとで誤解のもとになりますので、必ず外して理解度を確認してください。  

薬や医師の説明など大切なことはノートに書いてください。

口頭で伝わったとしても記憶に残っていることが少ないです。

検査の予定や薬の変更、その他日常会話と異なるもの、

本人の意思を確認する必要がある内容のものは必ずノートに記載してあげてください。

単語のみでも大丈夫です。 

例)今日から 薬 変わる 131回のみ 

声掛けは肩をとんとん 

廊下を歩いているときなど声では気が付きません。

その場合は肩を軽くたたいてあげてください。

1人の時間と曼荼羅作成◇ 

1人の時間が持てないと非常にストレスを感じ不眠になることがあります。

曼荼羅を描き続けることも今本人の意欲のもとになっています。

ベッドサイドが難しい場合、良い場所・時間など教えていただけると助かります。

◇その他◇ 

必要なものの購入や病状の説明などで必要な時は付き添いの今村が行います。

何か必要な時は090-XXX-AAAAまでご連絡ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

この紙1枚で、驚くほど効果があった。

実は以前の病院では何度伝えても、
医療者がマスクをしたまま
大きな声で話しかけたり、
耳元で伝えようとする人がいたし、

友はそのたびに同じ説明を
強いられ疲れていた。 

なのでこれをカルテの表紙に挟んでもらい、
情報を徹底してもらうことに。

さすがにヘルパーさんまでは
そうはいかなかったけれど、

最初に対応してくれた友好みの
すらーっとしたイケメン看護師さんは、
丁寧にノートに始めから書いてくれたし、

その後もリハビリのスタッフや看護師さん、
先生に至るまで、手話を覚えてくれたり、
筆談をメインに本当によくしてくれていた。

そしてなんと・・・。

あれほど年寄りと同じ部屋で
気が重くなっていた友の部屋に、

「手話のできるおばあさん」

が入ってきたのです。

それも「若いころ少しだけね」
と言いつつ、非常にスムーズな手話で、
友のことをいつも気にかけてくれ、

何かと話しかけてくれたことで、
すっかり友も病院に馴染んで
リハビリ三昧の日々ながらも、
それなりに過ごせるようだった。

そして私は、、というと
猛烈忙しくなった・・・。

なぜなら、友が万が一「退院」と
なった場合、4階建てのアパートの4階
手すりなしのあのアパートに一人暮らしは
さすがに予後も考えて難しい。

なので「荷物の整理」と「引っ越し」を
場所探しから何からたった2週間足らずで
しなくてはならなかったのだ。

ここから本当に私たちは
頭がアホになるほど、
あれこれあれこれ考えて、

整理して、くじけそうになる
ことに出会ったりしながら、

でもやっぱり友の道には
いつも寸でのところで、
ものすごい光が差し込む出来事に遭遇したのだった。


つづく 





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by sarah_51 | 2018-10-03 21:29 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」友とわたし⑮「合宿所で忍耐の日々!?」

友の転院先を考える際、
2つの選択肢を考えて
ソーシャルワーカーさんへ
お願いをしていた。

その結果「○○の方向でいこうと」
なった前回。



それは、

①緩和ケア病棟のある病院へ行く
②リハビリテーションが主な病院で
 かつ緩和ケア病棟を見学できる病院へ行く 

というものでした。

友の状態は子宮頸がんから
本当に少ない確率で脳転移し、
脳に部分照射がこれまた奇跡的にも
ギリギリできる範囲の大きさで、

放射線治療を受けられたけれど、
それが効果を出すのかどうか
2週間様子を見なくてはならなかった。

ただどちらへ転ぶのか。。
そのまま悪化していくのか、
脳の浮腫などの改善により、
もしかしたらまた家に帰れるのか。

どちらになるかわからない状態の中で、
「○○の方向」とは、
「リハビリテーションメイン」の病院で行く。
という結果だった。

選んだというよりも、
「そこしか空いてなかった」
というのが事実。

でも私はその事実は
きっと良い方向にいく。
そう思って友に準備をさせた。

だがしかし・・・。

私は以前その病院に旦那さんの
ばぁちゃんを入院させた経験があった。

すごく看護師さんとリハビリスタッフが
連携してくれていて、
話もスムーズだし良いことは良いのだが・・。

たぶん友はすごく嫌がるだろうなと
思ってはいた。

友も後にこの時のことを、

「わぁ、、、行きたくないなぁと思った」

と言っていたけど。

なぜならまず、友は運動が大嫌い。
リハビリメインと聞くだけで
まぁ、、、嫌そうwww 

それ以外にも、

4人部屋の病室のベットは
ほぼ隣の人とくっついていて、
横並びになっていること。

つまりまるで合宿所のよう・・・
当然荷物は最低限のみです。

次に、朝起きたらパジャマから
運動しやすい服または普段の
服に着替えて病室以外のところで
過ごしてもらう状態。

なので1日3回はリハビリがあります。
プラス自主トレも入るので、
食事時間以外、夜までほとんど
自由時間がありませんw  

しんどい時はもちろん寝かせては
くれるけど。

そして極めつけは、
ほぼ入院患者さんはおばーさま、おじーさま世代。
若者はいませんねスタッフ以外っていう。。

ほとんどが車いすの高齢者ばかりで、
入浴も週に2回くらい。。。。
友は若いので汗かくんですけどねっていうw 

はてさてどうなるんでしょうねぇ。
と思いつつ・・・。

でもこの頃友はメッセージでチャットとか、
周囲の人たちと会うことをとても嫌がるようになっていた。

理由は様々なものだけど、
とにかく友を知る人から離れて、
山ごもりするかのごとく

「自宅退院」

というわずかな望みのために
必死こく必要があったので。

このある意味自由時間のない
病院へ行くことは、

「面会どころじゃないんです!!!!」

という立派な理由になるわけで。。 

私も基本病院や本人から必要な買い物などで
呼ばれない限り友の自立のために
面会に行かないことに。

そして私はこの合宿所ならぬ、
リハビリテーション病院で
友にある期待をしていた。

それはこれまでとはちがう、
コミュニケーションの在り方だ。

なにせ、「彼女耳が聴こえないので」
と隣のおばーさんズに言ったところで、

「まぁそうなの?私もこっちの耳が
 聞こえなくてね」

ってそらあんた、耳が遠いって
ヤツでしょう?????ww

っていう状態なわけで笑 

でもここから本当に
何度目ですか!!!っていうほど、
友と私は、友に起きる様々な
ミラクルを経験することになるのです。

つづく 













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by sarah_51 | 2018-10-01 00:22 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私「一気に3分で全てを決める」


放射線治療も終わりに近づき、
そろそろ転院しないといけない友。 


その前に治療効果をMRIでチェックし、
主治医の説明を聞くことに。

友の主治医は2人。

子宮頸がんの治療をしている婦人科の医師。
脳転移の治療をしている脳外科の医師。

その他に転院先や様々な調整を
お願いしているソーシャルワーカー。

その3者と色々な調整をする必要があった。
なぜなら、友は脳転移だけでなく、
肺にも無数の小さな転移があり、
婦人科の医師はこれに対して、
抗がん剤治療を再開したい旨を友に
以前から説明していた。 

でも脳転移が見つかり、
その治療の方が緊急性から優先され、
その結果次第、、というところがあった。

できれば転院までに
その3名と話をつけておきたい。。。
私はそう思っていたのだが。

なんと、まず病院に着いた際、
ソーシャルワーカーさんに
友の病室に向かうエレベーターで
出くわした。

あ!!
うわあ!!

のあと同時に互いの名前を呼び合って笑。

「あの件ですが○○の方向でいこうと」
「いいと思います。私は彼女にそれによって
 ○○を期待しています。これから脳外の医師と会います」
「それは良かった。ではこちらは進めておきますね」
「はい。お願いします」

と3分経たずに転院先での方向性を決定。

その後脳外の医師からの説明を
家族説明室なる場所で友と聞くことに。

「ここが脳のおできの部分ですね」

(やっぱりここでもおでき説明なのかおでき先生ww)

MRIの結果、聞けたことは、

脳転移の大きさは残念ながらまだ変化はないこと。
ただし、腫瘍の周囲が大きくむくんでいたものが
かなり引いてきていること。
放射線治療の効果は1か月かけて徐々に
出てくるため今後の変化も期待できること。
それまでは、抗がん剤治療はできないこと。
その間、治療が何もない人を
この病院では入院させてあげることはできないこと。

などだった。 

実際友の激しい頭痛はだいぶ収まりつつあったし、
ふらつきもあるけれど、当初よりは改善していた。

自覚症状と画像状態が一致して
改善しつつあることを確認できて、
友と私はおでき先生に2人で
深く頭を下げて喜んだ。

部屋を出る時私はおでき先生に、

「ご褒美に外でお茶してきます~(*´▽`*)」

と言ったら、いっといでいっといで、
ご褒美に笑。

と笑顔で見送ってくれた。

そして緊急入院から約10日、
久しぶりにシャバ?の空気を吸った友。

a0188838_19544560.jpg
迷いに迷って、その日からスタートしたという
秋のフルーツフェア?だったかな、
なんかそんなパフェを頼んだ。 

外出前、少しフラフラと買い物に
出かけたいと言っていた友だったけど、

結局私たちはほぼこのお店で
あれやこれやと話をしてあっという間に
時間が経ってしまった。 

そして私が友にもう1度確認したかったこと。

それは今後の抗がん剤治療のことだった。

友はざっくり副作用などの説明を
受けていたようだけど、
私が気になっていたのはそれによる
曼荼羅を描くことへの影響だった。

そして医師の診察室にいっしょに
入った時、非常に気になったのが、

友が医師が話すことをそのままただ、
「はい」
と聞いてることだった。 

もちろん頭が真っ白で
聞くこともない、、ということも
あるだろう。 

でもね。

自分の仕事に、
自分の人生に、
自分の生涯に、
その残りの全てに

影響があることだから。

「これから何をしたいのか」
「譲れないものはなにか」
「そのためにどうしたいか」

このことを友自身の言葉で
聞かなくてはと思っていた。

もちろん聞かなくても
私にはもうわかっていたし、
きっと誰でも友を知ってる人なら
わかることだ。

でもそれは私が言うことではない。

「あなたはこれしかないでしょ?」

なんて決めつけな話、
私はしたこともないし、
その人の人生だ。その人の言葉で
語るまで待つつもりだった。

そしてようやく治療経過がわかり、
友も色々考えた結果、

「曼荼羅を描けなくなるのだけは嫌だ」

とはっきり言ってきた。

友の気持ちを聞いて、
少し安堵しつつ病院へ戻ろうと
自動ドアをくぐった時、

私たちの脇をすり抜けた人がいた。

あ!!
おお~~~~~!! 

なんと、友の婦人科の主治医だった。

「先生、放射線の治療効果がだいぶ出てきていて。
 かなり歩けるようになったのでご褒美デートしてきました!」

と私は言った後、

「今後の治療ですけど今の予定は前と、、」
「そうですね、同じ予定で2週間後に
 抗がん剤治療をしにここに戻ってきてもらう予定です」

その当たり前に進められる感じの予定を
聞いた時、私はぐいっと先生に詰め寄って、

「先生。彼女曼荼羅のアーティストであり講師なんです。
 次の薬○○系の薬でしょうか。もしそうなら、
 神経のシビレによる作品を描くことへの影響が心配です。」

そう言ってぽかーんとしている友に、
はよ出さんかいボケ!
と言わんばかりに携帯!ほら携帯!!

と指でほらほらとしながら、
友の作品を主治医に見てもらった。

「これは・・・・・」

主治医の表情がまるで変わり、
「これは彼女が描いてるんですか?自分で??」
とその素晴らしさに驚いてくださった後、
はっきりと、

「これは描けなくなりますね」

と言ったのだった。
やはりだ。

「ですよね。それが1番心配でした。
 彼女先生にそういった話はしてませんか?」
「いや聞いたことがなかった」
「見ていただいてよかったです。一旦転院しますが、
 その後の治療はすぐに開始予定ではなく、
 再度本人と診察でご検討いただけますか?」
「そうですね。そうしましょう。」
「肺の方は小さいですが慌てなくても大丈夫です?」
「そうですね。まだ小さいので様子見も可能と思います」
「わかりました。また戻ったらよろしくお願いします」

そう言って友に先生はじゃあまたね、と
声をかけて立ち去った。

この間3分なかったため、
友は終始ぽかーーーーーーーーんとしたままで、

私はその会話の内容を部屋へ戻りながら、

「抗がん剤はしなくてもよくなった。」

とだけ言って病室でさらに詳しく理由などを
説明したところ、( ゚Д゚)←こんな顔になって、
驚いて、

あんな短い間に!!!
マジか!!!

と言っていたけど・・笑。

でもそれもこれも、
友に関わる必要な医療者に
一気に会えて、しかも友にどうしたいかを
ちゃんとパフェ食べながらも聞いてたおかげで、

いきなりであった主治医にも
私もぐいっといけたわけで・・・。

アルハムドリッラー。
スブハーナッラー。

こうして友は週明け転院することになった。

私の思惑を知らないままに・・・。

つづく 










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by sarah_51 | 2018-09-22 20:32 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑬「より強いつながりへ」


色々な期待を込めてあえて離れた出張期間。


正直私の体はボロボロで。
出張準備が全然できていなかったけど、
かなり色々な責任を背負った出張で。

29年ぶりの新薬にかける想いなんて話を
大手製薬会社の全社員の前で講演していました。 
その日の朝調子が悪く、
血液製剤を打ってもらった後の講演で。
この日の東京は体感温度は40度近い状態で
ホテルに着いた後もしばらく
身動きできないほど出し切った感じだった。

そんなこんなで友と連絡を取る余裕もなく。

戻ってからもすぐには行けそうにないからと
数日行けない旨を伝えていたのだけど。

自宅に着いて1日休んだら、
やっぱり色々気になってしまって。
特に、だいぶきつく色々調べて
決めるよう言ってしまっていたので。

結局1日早くに友に何も伝えず
病院に行ってしまった。

私はいつもカーテン越しに
手だけ入れて、友に挨拶する。

声をかけて「入るよ」と言えないためだ。

いつものように手を入れて
カーテンを開けると、友がめっちゃ驚いて、

でも2人で自然と大きく両手を広げ合って、
気が付いたらハグしていた。 

「無事にまた会えた~」

と友が声に出して言うもんだから。
友は友なりに、私の体調や出張や
いろんなことを心配したり、
考えたりしてくれたんだなと。
その一言でとてもよくわかった。 

2人ともきっとそのままだと
涙が出そうだったんだろう。

なんかそれをごまかすかのように、
あれこれと話をしだして
友はノートを見てくれ見てくれと
言わんばかりに見せてきた。 

そこには、私が出していた宿題。

葬式の方法や埋葬方法・場所、
荷物の整理方法や業者の選定など。

まーアホみたいに几帳面に
いくつもの業者の名前と連絡先と
住所などがびっちりノートに書いてあって。

まるで小さな子にするようだけど、
頭をよしよし、よしよしとなでてしまったよ。

正直どれもすでに私も調べていた内容だったけど、
私にとってはそれを友が「自分で」
調べて考えたことが1番大切で、
1番嬉しいことだった。 

だから内容が大事なのではなく、
それを「やった」その結果を見て、
もうあとは「わかった」とだけ言って、
全部私が代わりに電話して最後まで
やることにした。 

それだけではなかった。

もう1つ出していた宿題である、
筋力トレーニングの成果だ。

ちょっと歩きの様子も見たいけん、
廊下歩いてみてくれる? 

そう言うと友はさっと立ち上がって
カーテンを開けて、くるっと回って
またカーテンを閉めた。

「これはかなり改善してる」

ターンするのはとても難しいのだ。
頭痛やめまいがあるとなおのこと
バランスを崩しやすく、
向きを変える時ゆっくりになりがちだ。

でも友の動きはとても素早くて。

実際歩いてもらっても、
かなりスピードもアップしていたし、
ずっと手すりを持たずとも
歩けるようになっていた。

「やるじゃーん!」

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まだまだ猫のしっぽが見えるみたいな
歩きだけどなー!笑 

でも友の動きだけでなく
会話やいろいろな点で、
友は何段階もレベルアップして、

「自分で生きていく」

その気持ちを大きく持った気がした。
また、友自身もとても自信が
ついているようだった。 

そのがんばりと、結果に私は

「外出させよう」

と決意し早速看護師さんへ伝えた。

友にご褒美はもちろん、
今の自分自身の体力や状態を
理解してもらうにも外出は
とても良い体験リハビリになる。

そう考えたからだ。 

私が理学療法士ということもあり、
必ず私が付きそうという条件で、
早速許可も下りたが同時に、
主治医がMRI検査の結果を
私が同席で説明したいとのことで、

翌日主治医の説明を聞いた後
外出することに。

それはまた同時に出張前に出ていた
今後の治療と転院先の調整なども
決断する時でもあった。 

私はその「治療選択」をするにあたり、
友にどうしても再度確認したいことがあり
そしてまたそれが私の気がかりでもあった。

でも全てはまず明日の検査結果を聞いてから。

そう思いつつその日は久々の
再会を心から喜び、どことなく
友と私は前にも増して「あうん」の呼吸で
色々なことを進めていけそうな気がしていた。

アッラーにその結果が良いもので
あることを祈りつつ・・・ 

つづく 












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by sarah_51 | 2018-09-20 23:26 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑫「互いのスタンスの切り替え」


甘えるなー!
とちょいとキレた私。
私が余命の告知を受けた人に
あれほど休ませる暇なく
あれこれ言っているのには
それなりに理由もあった。

私の出張前にとばかりに主治医と
ソーシャルワーカーは私が
病院に来るなりすぐに捕まえては、
今後の話を会議する日々が続いていた。

なぜなら。

放射線治療が終われば通常は退院する。
効果がわかるには1か月ほどかかる。

次の抗がん剤をするにしても、
その間は治療を開ける必要があり、
治療を何もしない人をただ
入院させるわけにはいかないという話だ。 

でも今の状態では友はとても
自宅に帰ることなどできない。

その場合どうするか。
どの病院に転院し、
なんのために、どのようなことを
してもらうのか。

どの病院へ行くのが今の友にとって
最も良い環境となりうるか。

放射線治療の効果が読めない状態の中、
どっちに転んでも良い場所を選んでおきたい。

リミットは入院から2週間となる、
出張明けの後数日しかなかったのだ。 

でも同時に私の体もやや限界を感じていた。

8月の猛暑続き。
友の病院は都会のど真ん中にあって
駐車場から少しだけど歩かないといかん。

5分外を歩くだけでもすごく疲労してしまう中、
ほぼ毎日のように何かしら呼ばれたり
用事したり、なんだりで通っており、

緊急入院からのその数日とはいえ
私にも自分の優先順位たるものを
取り戻さないといけないと思い始めていた。

主治医に付き添って欲しいと言われてから
ほぼ仕事は断っていたし、
ほとんどの時間を友のスケジュール中心に
動いてた私。

帰宅するとドターっと倒れては、

「疲れたーーーぁ」

と言える日もあれば、
それすら言えずにあれこれ考えながら
調べたり友とチャットする時間がほとんど。

そんな様子を見て、旦那さんがひと言、

「しなくてもいいことするからだ」

と言い放ったのだ。

「どんなに大事な友にせよ家族じゃない。
 ほんとなら何もしなくてもいいはずだ。
 彼女も大人だろう?なんでそこまでする必要があるんだ」

この言葉の裏には、
私が私自身の体調や旦那さんのこと、
仕事やその他よりも友を優先していることへの
不満もあっただろう。

でも何より私の体調を心配していることは
とてもよくわかった。

友にも心を決めさせてるのだ。
私も「自分がしなくては」という
思い込みから離れよう。 

そう思い入院してから友の家のことや
時々用事をお願いしていた手話通訳士の人とも
現状を伝え、私たち自身もスタンスを
変える時期に来てるということを話し合った。

そこで出た言葉の中に、

「当然何かしてあげたいという思いがあった。
 でも身体はとても疲れていて・・」

というものがあり・・・。
聞けばその方も家族の介護や様々なことが
大変な中で友のためになるならと
合間をぬって時間を作ってくれていた。

「そんなムリして根詰めなくても大丈夫。
 きっと友は切り替えてくれる。
 私たちも自分と自分の家族を優先しよう。
 疲れた日は疲れたから行けない。でいきましょう!」

というようなことを伝えた。 

「してあげたい」

は時々自らを苦しめる。

それができない時、
それがうまくいかない時、
それが良い結果にならない時。

などなど。 

でもうちの旦那さんの言う通り、
「しなくてはいけない」
ことなど何一つなかった。 

友は私たちにとても依存していたけれど、
私たち自身も友に何かをしていることで
なんとか切り抜けているように
錯覚していただけかもしれない。 

介護時期からヘルプ時期へ。

出張期間は良い転換期になる。
きっと・・・。

そして私は出張明け、転院先の病院として
あることを期待して2つの病院を選び、
ソーシャルワーカーへ空きがあるかどうか
確認しておいてもらうよう伝え、
出張に出たのだった。 

そしてこの選択は本当に
想像以上に転換期となるのだった。 

つづく 


 








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by sarah_51 | 2018-09-18 21:45 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友と私⑪「母、子猫を崖から突き落とすの巻」


無事心配事の1つが去った友。


放射線治療も順調に始まり、
短時間で終わる治療の合間には
リハビリもスタートしていた。 

お猫サマーズも無事さらわれ、
さああとは治療に専念するべし。
というところで、私が仕事で
4,5日出張があり病院には
行けなくなる時期に。

その前に必要事項を確認しておこうと
友のところを訪れて、
少し気晴らしに病棟以外のところへ
連れ出そうということに。

1人では院内にあるコンビニへも
許可が出ていなかったが、

「今村さんといっしょならOK」

というおでき先生の許可がww 

この頃やたらと友は
「さあらさん、お母さんみたい~♡」
とごろにゃんしていたのだが、

はてさて移動しましょうかねって
時になってみると・・・。

看護師さんが車いすを持ってきて、
どうやらそれを私が押していくらしい。

友は耳が聴こえないので
後ろで押してると会話にならないため、
私は前を歩き、犬の散歩のように?
車いすを前から引っ張ることに。

が!・・・その瞬間

「おっんも!!!!」

と言ってしまったww

重いのだ!!!本当に!!!
なんだこのだらんとした体は!!!!
と思うほど友の体は重くなっており、
私はさらに次の瞬間

「なんで私が車いすを引かないといかんのだ!!」

ということに気が付いてしまった。

「ちょっと!自分でこげるでしょう?
 手も腕も問題ないでしょう?? 
 なんで自分でこがんのじゃ!!!」

と半ば𠮟りつけるように
友に車いすのこぎ方を教え移動させた。

全然問題なくできるじゃないか。

しかし再度疑問がわいた。

「トイレまで歩いてるじゃん(数歩だけど)。」

そうよ!この人歩けない人じゃないのよ!!
という声が私の中でぐわんぐわん回り・・・。

確かにフラつきはあるけど、
歩けなくはないのだ。
すぐさま歩行器を持って来て、

「これで歩きんしゃい!」

と歩かせたところ、

「うわ~~楽~~~ぅう(*´▽`*)」

と喜んでいる友。
よ、喜んでる場合か?ww 

そして今後のことなどを
話している時、私は驚愕の言葉を聴いたのだった。

「さあらさんが心配だから、
 入院してた方がいいんだよね?」

という言葉だ。

確かに私は1人暮らしで脳転移後、
治療開始までの間悪化していく危険性を
考えると、入院できたら安心だけどとは
言っていたことがある。

でも私がそれに対して伝えたのは、

「私が心配だから」じゃなくて、
「あなたが一人で生活できるレベルじゃないから」
入院してるのよ?わかる???

だった。

確かに具合は良くなかった。
頭痛はひどく、めまいもひどかった。
でもお茶くみに廊下を歩いて行っていたし、
自分でできることも多かったはず。

だけど根本的なところで、

「サポートはあくまでも本人がどうありたいか」

に対して行うもので、
私や周りの人が「自分がしたいことを」
あれこれ勝手にするものではない。
と思っているので。

「自分がどうしたいか」

がないまま、今のまま
上げ膳末で、介護されてる生活で満足なの?
それでいいの?友がそういう生活だと
嬉しいな~楽でいいな~って望んでるなら、
どこまでも介護しますよ。

または、1秒でも治療してたい!
どんな姿になってでも「治療」を続けることが
今の希望なんだっていうなら、
とことん抗がん剤でも放射線でもがんがん
やってもらうよう頼んであげるよ。

でも本当にそれが望みなの?? 

もしもの時は散骨がいいな~(*´▽`*) 

とかぬかしよるけど、
あなた散骨っていくらかかるか知ってるの?
それ誰が払うの??お金ないよね?? 

簡単にそういうことぼやくのやめて。
本気でそうして欲しい!
それが信念ならいくらでもお金かき集めて
どうにかしてみる。

でも単に夢見心地で空想的妄想で
何か言ってるなら簡便してくれたまえだよ
おっかさん。 

というわけで・・・。 

もう1度言うけどこのまま効果が出なかったら、
「残り三か月」
それでいいの?それが自分が過ごしたい時間なの? 

そのことをもっと切実に考えてもらうべく、
私が出張から戻るまでに、

・葬儀の方法、具体的な埋葬場所などを決めろ
・荷物の片づけを自分でする気でどうするか考えろ
・万が一の場合伝える人、内容はなにか書き出せ 

などなどを全部もう一度自分で調べて決めておくように。

それと、今のまま自分でできることでさえ
しないままだと、入院してるだけで体力は落ちる。
放射線治療の効果が出ても、

「筋力がた落ち」

で何もできなくなってるなんて
治療をした意味すらなくなってしまう。

ということを伝えて、
1日にするべき筋力トレーニングの方法、
回数、いつ何をどのようにするか。

あれこれ伝えて出張中は放置することにしたのだった。

「お母さんみたい~♡」

と甘えていたはずのさあらさんは、
子供を崖から突き落とすかのように
厳しいことを連発www

でも私がずっと気がかりだったこと。
それは友がいつもただただ、

「はい」

と言ってることだった。

主治医にも、看護師にも、
友達にも、お猫サマーズには特に!!

これだけは嫌だ。
これだけはなりたくない。
こんなことはやりたくない。

もっと自分のこだわりがあるはずなのだ。

そして彼女にしかない、
彼女しかできないこともまた、
あるはずなのだ。

私はもうすでに友の全てを
引き受ける覚悟で挑んでいるのだ。

甘えるな。

そんな生半可な気持ちで
生きてられてたまるか。

そんな気持ちを静かながらに
伝えたように思う。

のちに友はこの日のことを、

「さあらさんに殴られて目が覚めた」

と語っていたけど、
あ、見えてた?殴ってたのww
 
ていうねww
(エア遠隔殴りですがーw) 

でもね、お互い真剣勝負だと思うんです。
任せるほうも、引き受ける方も。

やれることしっかりやって
「自分」ってものの軸を決めた上だからこそ
安心して任せられるはずなので。

そう簡単に適当に丸投げするなー!

と思いつつ・・。
私が厳しくするのはあまりないので
その間はみなさんに励ましてもらうなり、
会ってもらうなりして優しくして
もらってたらいいかなーと思い。

面会枠を広げて会いに来てもらう
ことにしたのでした。



つづく 







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by sarah_51 | 2018-09-17 22:15 | 医療と健康  | Comments(0)