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生きていた証


何気なく検索していて目に留まった
その論文は、まさに自分の事が書かれていた。

🔻

15歳の私について
確定診断した事を掲載した論文。

30年以上経って初めて
自分がその時その場にいて
確かにそこに生きていたんだ。

そう感じた。

全て当時関わってくれていた
先生たちの懐かしい名前。

論文自体は淡々と診断に至った事
シェーグレン症候群を併発して
いる事が書かれているだけに過ぎない。

でもその中には

14歳の頃もう15歳を迎えられないかも
しれないと言われていた事。

死にそうになりながらも
生きていた日々に

海外の文献を見つけて
私と同じ病気じゃないかと

一筋の大きな光が見えた事。

当時血清捕体価を測ることは
難しく、また遺伝子検査も
容易ではなかった事。

その中で私と家族の検査を
全て最速でしてくれた事。

当時の病名は今とは異なっていて
略語もHAEではなくHANEと
なっている事から
時代の移り変わりを感じる。

あの頃誰が今の私を想像できただろう。

あの頃誰が
私が人並み以上の
幸せと喜びに溢れる日々を
過ごせるようになると
信じることができただろう。

誰ひとり。

誰ひとり、
「大丈夫だ」
と思える人はいなかった。

それを言える人も
伝えてくれる人も
抱きしめてくれる人も
誰もいなかった。

関わる医師も看護師も
あまりの状態に驚き
恐怖心さえあったという。

それでも私は生き続け

そして今も生きている。

論文を残す。

ということは
誰かの生きた証を
残すことのような
物なのかもしれない。

私は今日その証を目にすることで

確かに生き続けてきたのだ。

私はちゃんと生きていたんだ。

と自信を持つことができた。

この不思議な感覚を
どう言葉にしたらいいか
わからない。

ただひとつ言えるとするなら、
私はずっとずっと

大きな力によって
守られ、包まれていたのだ
ということ。

あるべくして今
この時を迎えているのだということ。

神さまの慈悲により
生まれる前からずっと
そして死後もずっとずっと

それはあるのだということ。

生きていた私が
これから生きる人たちに

役立つことができるよう
私に知識と力授け
人々の中においてくださいますように。

アーミン 


おしまい








by sarah_51 | 2021-12-27 23:28 | Comments(0)