「脳転移」と友と私⑫「互いのスタンスの切り替え」


甘えるなー!
とちょいとキレた私。
私が余命の告知を受けた人に
あれほど休ませる暇なく
あれこれ言っているのには
それなりに理由もあった。

私の出張前にとばかりに主治医と
ソーシャルワーカーは私が
病院に来るなりすぐに捕まえては、
今後の話を会議する日々が続いていた。

なぜなら。

放射線治療が終われば通常は退院する。
効果がわかるには1か月ほどかかる。

次の抗がん剤をするにしても、
その間は治療を開ける必要があり、
治療を何もしない人をただ
入院させるわけにはいかないという話だ。 

でも今の状態では友はとても
自宅に帰ることなどできない。

その場合どうするか。
どの病院に転院し、
なんのために、どのようなことを
してもらうのか。

どの病院へ行くのが今の友にとって
最も良い環境となりうるか。

放射線治療の効果が読めない状態の中、
どっちに転んでも良い場所を選んでおきたい。

リミットは入院から2週間となる、
出張明けの後数日しかなかったのだ。 

でも同時に私の体もやや限界を感じていた。

8月の猛暑続き。
友の病院は都会のど真ん中にあって
駐車場から少しだけど歩かないといかん。

5分外を歩くだけでもすごく疲労してしまう中、
ほぼ毎日のように何かしら呼ばれたり
用事したり、なんだりで通っており、

緊急入院からのその数日とはいえ
私にも自分の優先順位たるものを
取り戻さないといけないと思い始めていた。

主治医に付き添って欲しいと言われてから
ほぼ仕事は断っていたし、
ほとんどの時間を友のスケジュール中心に
動いてた私。

帰宅するとドターっと倒れては、

「疲れたーーーぁ」

と言える日もあれば、
それすら言えずにあれこれ考えながら
調べたり友とチャットする時間がほとんど。

そんな様子を見て、旦那さんがひと言、

「しなくてもいいことするからだ」

と言い放ったのだ。

「どんなに大事な友にせよ家族じゃない。
 ほんとなら何もしなくてもいいはずだ。
 彼女も大人だろう?なんでそこまでする必要があるんだ」

この言葉の裏には、
私が私自身の体調や旦那さんのこと、
仕事やその他よりも友を優先していることへの
不満もあっただろう。

でも何より私の体調を心配していることは
とてもよくわかった。

友にも心を決めさせてるのだ。
私も「自分がしなくては」という
思い込みから離れよう。 

そう思い入院してから友の家のことや
時々用事をお願いしていた手話通訳士の人とも
現状を伝え、私たち自身もスタンスを
変える時期に来てるということを話し合った。

そこで出た言葉の中に、

「当然何かしてあげたいという思いがあった。
 でも身体はとても疲れていて・・」

というものがあり・・・。
聞けばその方も家族の介護や様々なことが
大変な中で友のためになるならと
合間をぬって時間を作ってくれていた。

「そんなムリして根詰めなくても大丈夫。
 きっと友は切り替えてくれる。
 私たちも自分と自分の家族を優先しよう。
 疲れた日は疲れたから行けない。でいきましょう!」

というようなことを伝えた。 

「してあげたい」

は時々自らを苦しめる。

それができない時、
それがうまくいかない時、
それが良い結果にならない時。

などなど。 

でもうちの旦那さんの言う通り、
「しなくてはいけない」
ことなど何一つなかった。 

友は私たちにとても依存していたけれど、
私たち自身も友に何かをしていることで
なんとか切り抜けているように
錯覚していただけかもしれない。 

介護時期からヘルプ時期へ。

出張期間は良い転換期になる。
きっと・・・。

そして私は出張明け、転院先の病院として
あることを期待して2つの病院を選び、
ソーシャルワーカーへ空きがあるかどうか
確認しておいてもらうよう伝え、
出張に出たのだった。 

そしてこの選択は本当に
想像以上に転換期となるのだった。 

つづく 


 








[PR]

by sarah_51 | 2018-09-18 21:45 | 医療と健康  | Comments(0)