「脳転移」と友と私⑧「急な入院には食事の準備を」


救急車で運んでもらった友。

駐車場に車止めてる最中に
おでき先生から電話があり、
駐車場だと言うと、

「じゃあとでー」
「はいあとで~」

と諸事わかってくださってる様子。

ところが病院に着いて救急外来入り口に行くと、
事務のおねーさんが立っていて。

「先ほど救急車で到着した○○の付き添いの者です」

と中に入れてもらおうとすると

「失礼ですがご関係は?」

と聞かれた。
「友人です」
と答えると、
「ご友人、、、、」

と友人って入れてもいいの?的な
感じでいくつか質問を受け、
さらには別な事務スタッフに
確認しますという感じになり、、。

「救急車を呼んだのは私で、
 主治医の○○先生からも電話をいただいてます」

と言ってみるもすぐ入れてはもらえない。

うみゅーー!と思っていたら!

なんとー奥のスタッフ入り口のとこから、
おでき先生が手を振ってるじゃないかー!

「やーん先生~~(*´▽`*)」

と手を振って、いやもはや事務の人
完全にスルーして笑、救急外来の中へ。

1番奥のベッドの回りに数名の人が立ってて
何やらやってる感じの中に、
ベッドを少し頭起こして手を振る友を発見。

案外大丈夫そうだな。

という第一印象で、
すぐさま先生が、

「今村さん、状況はそれほど変わってないけど」

と切り出したと同時に、

「入院、、」

と声がかぶってしまった笑。

「ですよね」
「ですね」
「助かります。治療はどうしますか」
「うちの病院でできることをします」
「わかりました。よろしくお願いします。」

と友がベッドから不思議そうに、
何言ってるんだろーとみてる一瞬で、
物事は決まった。

そのまま友に、

紹介先の病院ではなく、
この病院にこのまま入院させてもらえること。
予定していたγナイフの放射線治療は
できないけれど、ここの病院でできる放射線治療を
してくれるそうなので心配いらないことなどを
伝えた。(それがあの会話で決まった)

点滴で脳の浮腫を軽減する薬を入れてもらいつつ、
病棟へそのまま移動。
子宮頸がんの手術の時入院した部屋と同じで、
看護師さんたちも顔を覚えていてくれてたので、
あれこれと話が早かった。

とりあえず最低限の荷物を持って来ていた友が
パジャマに着替えるという間に、
ポカリ、水と何より「昼ご飯」を
買いに出かけた。ついでにオヤツもww 

病棟に着いたのはお昼ちょっと前。
午前早い時間だったら、
まだご飯をお願いできたと思うけど、
ぎりぎりじゃ買って食べるしかない。

この頃友は味覚障害で、
辛い物がやたらと甘くなる感じだったけど、
辛い物の方が食べやすいと言っていたので、
「ビビンバ丼」
を買ってきてその食べっぷりと
お腹すいてたー!という友の嬉しそうな
表情を見て、

「あたしゃ仕事行くわーすまねー」

と午後からのサロンの仕事へ急ぎ戻ることに。

8/15 様子がおかしいためタクシーで病院へ。脳転移を示唆される。
8/16 脳外科おでき先生より治療が今月中にできなければ余命3か月と言われる。
8/17 24日他院受診予約と紹介状、治療について説明される(私のみ)
8/18 アクティブカラーセラピーと万が一の場合のあれこれを預かり計画する。
8/19 寿司寿司寿司ーと騒ぐ 
8/20 朝立っていられなくなり遠隔で救急車を呼び入院。

思えばたった5日間。

バタバタしたけれど、いつも友は寸でのところで、
良い方向にぐっと向かうことが多い。

今回も実は紹介先の病院で本当に治療が可能か、
「行ってみないとなんとも」
という状態でとにかく8月中にまずきてくださいと
言ってもらえた唯一の病院だった。

たとえ24日そこの病院受診しても
その日に入院、治療が開始できるわけではなかったので、
入院できてよかった、、、というのがほんとのところ。

そしてこの日はやたらと、

「暇だー、やることがないーモノもないー」

と点滴で午後にはすっかり元気になった
友だったが、翌日からやっぱりこの日
入院できてほんとよかったと思う日々となるのだった。 

つづく 











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by sarah_51 | 2018-09-07 22:42 | 医療と健康  | Comments(0)