「脳転移」と友と私⑥「感情の崩れ」


2番目の妻のくだりがなかなか人気です笑。 


しかし実はこの日、私は友と別れた後、
自分の感情がやや壊れているのを感じていました。

街を歩いていても、
ふと目に留まるのは友が好きそうな
スイーツだったり色合いだったり。
はたまた友がこの日来ていたシャツに
似たような服につい目が行き、、、。

別に何が哀しいとかどうとか
思っているわけではないのです。

でも気が付いたら頬に涙が流れていたり。
なんとなく気持ちの1部が
カタカタしている感じでした。 

その原因は友の病気ではありません。

彼女がアクティブカラーセラピーで、
「自分の不安を取り除いてくれるモノ」
として心の奥底の気持ちを出した時、
それが「さあらさん」という
私の名前が出たことにありました。 

実は同じように、私を見るとほっとして、
また私がいると自分らしくいられる。
そう話してくれた人が過去にいました。

1人は私の旦那様の祖母「ばぁちゃん」

そしてもう1人は友人のお母さま。
私はこの2人のいずれも、その看取りとその後まで
関わらせていただきました。

神さまを信仰していると、
人が亡くなっても哀しくない。

そう思ってる人もいるかもしれません。
でも本当はそうではありません。

神さまを知っているからこその
喜びと哀しみがあるのです。 

またその大切な人の死の過程に
自分が関わることの重さと
責任を感じないわけではありません。 

このたった4日間に起きたことは
単に友人という枠を超えて、
その人の命を見送る覚悟を即座に決めなくては
ならない時間でした。 

水曜日:友の異変に気付き病院へ無理やり送る
木曜日:脳外科で脳転移の説明を受ける
金曜日:脳外科医に私だけ呼ばれ再度詳細説明をされる 
土曜日:友とアクティブカラーセラピーその他打ち合わせ 

友も大変だったと思いますが、
彼女が考えるよりはるかに長い時間の流れと
たくさんのことを考える必要のあった私は、

それを共有するでもなく
ただ1人感情がやや壊れたのだと
自分でも感じました。 

でも「ばぁあちゃん」の時のような、
世界の色と言う色全てがなくなったような。

「終わり」を感じるものとは
ちがっていました。 

そうではなく、まだ残りの命の時間があって、
神さまが私をそばに置き、
何をどのようにお望みなのか。 

私には少し立ち止まって、
1人の時間の中でそれをかみ砕く
必要がありました。 

日曜日はもともと会う予定でしたが
都合で会えなくなり。

「今日は会えないの?」

と聞いてくる友を、

「恋人かよ!」
と思いつつも、「今日は会えない」
と伝えて、少し自分を整えようと
何もせず、ただ時を過ごすことにしました。

友のために祈らない時間はありませんでしたが、
さらに加えて、ただただ祈る言葉は、

「最も良い方向に導いてください。
 そしてお望みのまま私を善いことにお使いください」

ということだけでした。

私にとって自分をリセットするというのは、
あくまでも「自分が」しているという
「自分」をなくすことにあります。

何ごとも神さまから来るもの。
ゆえに、それが一見悪く見えても
良いことにつながるよう祈り、
また自分がいかに弱く、何もできない存在で
あるかを認め、ひれ伏し、だからこそ
お望みのままに使ってくださることを
願う。その時間が必要でした。 

1日友と離れて過ごし
私の感情はいつものように戻り、
あとは友の体調がもつのかどうか・・。

それだけが心配の種でしたが、
まさか、、、というやはりこれは
神業だなーと思う方法で全てが
ぐっと回りだしたのです。 

つづく 







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by sarah_51 | 2018-08-31 22:54 | 医療と健康  | Comments(0)