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預かり物 

アッサラームアライクム!
みなさんの上に平安がありますように!

ばぁちゃんの余命を伝えられ、詳しい検査結果を知った日、
私は一人でその話を先生のところに聞きにいきました。 

帰りながら、ふと思ったのは、
まだまだ一緒にいてほしい・・・という気持ちでした。 

でもその後でひとり、その気持ちについて考えてみました。 

神さまのところへ帰っていくのに、なにが心配であろうか・・と。 
そしてまた同時に、もっともっと一緒にいたい・・・。
それは欲なのだろうか・・と。 

私たちは子供ができると、

「子供は天からの授かりもの」

と言って喜び、大切にします。
また、ある日突然亡くなる人について、

「天に召された」

という言葉もあります。

でもその途中のことを、私たちはすっかりと忘れてしまっていることが多いのではないでしょうか。

人は皆、天から授かり、また天のもとへと帰っていくけれど、
その間にも天の神さまはずっとずっとそばにいるのです。 

その現世にとどまっている時間、神さまから授かり、そして召されていくことをすっかり忘れ、

「私のお父さん」「私のお母さん」「私の・・・」

と、まるで私のもののように扱ってしまう。

私もばぁちゃんのことをそんな風に思っていました。 

私の大好きな
大事なばぁちゃん 
 

でも本当は、授かる前も、召された後も、その間も、ずっとずっと、
私たちは一人一人、

みんな神さまのもの。

だから、いつかみんな神さまのところに帰っていく。

そして、「私の・・・」と思っていた人を、いつか神さまに返さなくてはいけない。 
神さまはほんの少しの時間、私たちにご自分の大切なものを、
預けてくださる。 

私にとって、ばぁちゃんは、

返したいけど、まだ返したくない・・

という私の信仰の弱さからくる、わがまなな気持ちが、
そこにはまだありました。 

アラビア語で「アマーナ」という、その預かり物について、
私たち全ての人はみなそれをどうしていたのか問われる日がきます。

けれども、「いつ」返さなくてはいけないのか、また「いつ」帰っていくのか。
誰にもそれはわからないのです。 

わからないから、日々、「今」ある預かり物を大切にしなくちゃと想う。 
でもそうやって考えていくうちに、 

神さまが、その大切な「アマーナ」であるばぁちゃんを、
私に預けてくださったのであれば、どれほど嬉しいことだろうかと想ったのです。

 
彼女のように、神さまが本当に愛され、大切にしている人を、
神さまのもとへと帰る、とても大切な時期に、
私のもとへと預けてくださったことに、今心から感謝でいっぱいです。 

アッラーよ、私があなたを忘れず、あなたに感謝し、あなたに良い行いができますように。
預かった人や知識などさまざまなアマーナを、
大切に、良いことに使うことができますよう、お力をお貸しください。 

アーミン。 


おしまい 

by sarah_51 | 2014-07-07 22:44 | ばぁちゃんのこと | Comments(0)