「脳転移」と友とわたし㉙「恐怖と逃避」


自らのルーツを知った友。

友は2018年12月30日に亡くなりました。
看取りとその後はこちら→https://sarah51.exblog.jp/i31/

 

翌日友は朝から様子がおかしかった。

友は全く耳が聞こえない。
1歳の頃髄膜炎で完全に聴覚を失ったからだ。

でも私たちは毎日のように
メッセージでやり取りしていて、
その間合いや、言葉の使い方、
テンポや絵文字などの使い方など

色々なことから様子や気持ちを
察することができるようになっていた。

明らかに様子がおかしい。

そう思っていたが、
家に行こうか?と聞くと、

いや、いい。

という返事。

本人の意思を尊重したかったので、
行くことはあきらめたが、
その日友は午後から手話通訳ができる
弥生さんとランチに行く予定だった。

そのため、もしもの場合に
すぐ連絡をくれるよう弥生さんに状況を
伝えて友を託すことに。

前日奇跡的に会話も移動も
普通のようにできていた友だったが、
そのさらに前の日までは手の震えや
体の動かしずらさがあったので

ステロイドを減量し始めた友にとって、
万が一脳出血やけいれんなどの症状が
出るといけないと思っていた。

弥生さんが迎えに行くと、
友は脚を引きずるようにして出てきて、
どう考えても様子がひどかったらしい。

でも出かけるという友。
どこへ行きたいか弥生さんが尋ねると、
指文字で、「う・み」と答えたと。

手話にはアルファベットのように
1文字ずつ表現する指文字があるけれど、
普段の友なら「海」は波を表現するような
手話で楽し気に伝えるはず・・・。

弥生さんもそのつぶやくような様子に
不安があったようだがとにかく
連れていってくるということで。

私と弥生さんは友の様子を途中途中
やり取りしながら経過を見守っていた。

海へ行き、じっと海を眺めていたという友。

ランチにはブルブル震える手で
ポテトを食べてたらしい。

その様子に胸騒ぎがしていた。 

「弥生さん、病院で待ちああせできないかな」

帰りにそのまま自宅へ送るのではなく、
病院に連れてきてもらい、私とそこで
バトンタッチしよう。

そう提案したものの、
友がどうもそれはいいと言っているようで・・。

うーん、うーん。
そんな場合じゃない気がする。

そう思っていた矢先、
弥生さんから電話がかかってきた。

「さあらさん、やっぱり様子がおかしいみたい、、、」

助手席に乗せて移動しようというところらしかった。
手の震えがひどく、コミュニケーションも
だんだん取れなくなっているとのこと。

「呼吸はどう?反応はある??」

最悪の事態を考えての質問だった。

それは問題ないとのことで、
救急車を呼ぶように伝えたけれど、
そのまま連れていけそうだというので、
病院で落ち合うことに。

私はすぐ主治医の病院に電話し、
救急外来にかかりたい旨を伝えて、
急ぎ病院へ向かった。 

病院の救急外来入り口で私は
車いすを用意して待っていて。

弥生さんの車が到着してドアを開けると、
友の顔は真っ赤で手が震えていた。

さっとおでこに手をあてて、
熱がありそうと確認した後、 

立てる?

と聞くと移動しようとした友だけど、
脚が麻痺したようになっていて、
ぐにゃりとなっており支えて移動した。

弥生さんは家族の迎えがあるので、
あとは私が付き添うけん、大丈夫。

そう伝えて救急外来へ。

カバンから保険証や何やら出しながら
友に話かけるも、

ぎゅーーーーっと目をつぶってしまい
私の手話も口元も何も見ないため、
何も伝わらない。 

右手はものすごい痙攣で肘も
曲がったまま伸ばせない。

反対の脚は麻痺したかのように
脱力していて車いすから
落ちてしまっていた。 

なんとか肩を叩いて目を開けるように
伝えようとするけど全くダメ。

でもこの時私は、

「何かおかしい」

そう思っていた。
脳内出血が起きているなら、
その兆候と友の症状は
一致しなかったからだ。 

そう思った時、名前を呼ばれて、
救急外来の中に入ると脳外科の担当医は手術中とのこと。
若い先生が対応してくれた。

すぐに、

「身元引受人の今村です。」

と伝えた後最近の様子に加え、
今朝からの様子、昼のランチ中の様子を
弥生さんから聞いたものすべてを伝えた。

そして、

「先生、脳の問題か、心の問題か、
 両方から検査をお願いします」

そう伝えた。

痙攣をおこしている以上脳出血がないかなど、
脳転移の様子をまず検査してもらい、
それ次第で次を考えようということに。

先ほど立てた友はもう移動は一人で
できない状態になっていた。

一旦外に出て待っていてくださいと言われ、
検査が終わり、再度呼ばれて中に入った。

すると、カーテン越しに看護師さんが、

「やまぐちさーん、わかりますかー??」

と言っている。

カーテンを開けるとそこには、
先ほどの様子とは全く異なり、

瞳孔が開いたかのようにぼーっと
天井を見たまま、両手足すべてが
脱力してしまっている友がそこにいた。

看護師さんと医師から同時に、

「すみません、コミュニケーション取れますか?」

と言われた。

ちきしょう。
私が医療者じゃなかったら
こんな時にこんな状況見せられて
コミュニケーションなんてとれるか。

一瞬そう思ったけれど、
さっとすぐそばのモニターを確認した。

血圧と脈をみるためだ。
低い。 

目の上で手をかざしてみるが反応は
全くない。

試しに看護師さんと同じように
肩を叩いて同時に目の上に手をかざしてみる。

ダメだ。全く反応がない。

でも絶対わかるはず。
わかっているはずだ。

彼女は脳内の問題はない。
恐らく心の問題だ。

私の中にどこか確信があり、
友の手をとって、
自分で自分に手話をするように、

「ここは病院だよ」
「もう大丈夫」
「さあらだよ」
「わかる?」

とやった。

反応はなかったけれど、
そのままなんとか私と
わかる方法を取りたい。

そう思った時、
思い出したのだ。

友が子宮頸がんの手術後
麻酔から目が覚めるとき、
私がとった方法を。

看護師さんとはちがう。
私なりの友へのサインを。

そしてそれで友は、
「あれですぐわかった」
と言っていたその方法を。

そして私は、「ヤスミ~ン」
といつも通りに話しかけ、

眉の間のおでこの辺りを
こしょこしょくすぐった。

その次の瞬間、

友の目じりがじわ~~~っと
赤くなり、涙がにじんだ。
目が焦点があったのがわかった。

看護師さんが先生に向かって、

「意識戻りましたー。」

と言い、私はそのまま再度、
友の手を取って手話で、

「今、病院だよ。
 これから入院するよ。
 わたしも一緒だよ」

と声に出しながら伝えた。 

友がうんと小さくうなずいてくれた。

アルハムドリッラー!
アッラーフアクバル!!

「先生、本人に伝わりました。」

そう担当医の方を振り向くと、
白い紙に同じことをマジックで
書いてくれてた医師が、

「もうこれいらんかなー笑」

と言ってくれて、
ヤスミン、先生書いてくれてたよー!
よかったねー。移動するよー!!

と伝え病棟にあがることになった。

検査の結果、脳転移などは特に問題なかった。 

弥生さんは後でこの日のことを、
「あのまま死んじゃうかと思った、、、」
と言っていた。

それほどその様子はとても大変だった。

でも生きていることの方が
大変かもしれない。

友はここから深く深く、
真っ暗な谷底に自ら落ちてしまったような
日々を過ごすことになる。

まるでその人格を失ってしまったかのように。

つづく 



 








# by sarah_51 | 2019-02-21 20:59 | 医療と健康  | Comments(0)

「脳転移」と友とわたし㉘「自分のルーツを知る」


「シャハーダします」
とメッセージが来てイスラム教徒に
なることを決めた友。

友は2018年12月30日に亡くなりました。
看取りとその後はこちら→https://sarah51.exblog.jp/i31/



イスラム教徒になるには
儀式とかなくどこででもなることは
できるんだけど、

ただできれば、
男性2名の前で友が書いてた言葉を言い、
証人となってもらうのが望ましい形です。

またもしハッジ巡礼などサウジアラビアや
結婚などをする場合には、
その人が本当にムスリムであるのかを
証明する「入信証明証」をモスクなどで
出してもらう必要があります。

こんなこと言ってはなんですが、
この時私はふと友が「亡くなる時」のことを考え、
モスクの人に会っておいてもらい、
入信証明証を出しておいてもらった方が
いいだろうと思いました。

なぜなら友は家族と絶縁していますが、
まだどこかで生きてらっしゃる可能性もあり、
彼女が自らシャハーダしたこと、
そして周囲のムスリムたちへも
そのことを知っておいてもらう方が、

亡くなった時スムーズに埋葬など
可能になるのではと思ったからです。

とりあえず連絡してみよう。

そう思ってモスクの事務員さんに
状況を伝えて再度シャハーダの
手続きがいつできるか聞いてみたところ・・。

「今日これから来れますか?」

という返事だった。

イスラム教には聖職者はいません。
神の前では全ての人が平等であり、
神と個人の間に何人も入ることはない。
というものなので、

誰でも2名男性(女性の場合は男性より少し人数が多く必要)
がいればいいのですが、モスクには
イマームという礼拝などを先導する知識ある人が
いるのでその人がいる時にすることが多い。

予定がいろいろ詰まっているようで、
今日だったらいいよということだったのですが。

その日の天気は、、

「思い切り台風・・」

すごい風で福岡にも上陸なのではー
なんていう話もあったのだけど・・。

仕方ない。準備していくかってことで。

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車の中で着せてみた笑。

入信証明証に写真が必要なので、
まずはこれかぶって写真とるぞと。

当たり前だけど、
「人目が気になる」
らしく・・・。

なんか怖いだの、緊張するだの
言っていたけど、横に同じように
かぶってる私がいるので、

どうせ見てても私だろう。
わっはっは。
とか言いながら証明写真のとこに
押し込んで写真を撮った。

台風の風は強かったけど、
雨はそれほどでもなく。

モスクに着いたら
イマームと事務の外国人2名が
待っていてくれ、うちの旦那さんの
3人で立ち会うことになった。

私は以前このモスクで女性の代表を
していた時期があり、イマームも事務の人も
お互い共に活動をした良く知る人たちだ。

イマームは簡単なあいさつの後、
私は彼女が耳が全く聞こえないこと、
通訳をノートで同時に私が書き込みながら
したいことを伝え、快くOKをもらった。

そしてまずヤスミンに、

どのようにしてイスラームに出会ったのか。
そしてシャハーダをするにあたり、
何か聞きたいことなどありますか?

と聞いた。

私は友にこないだのことを話すねと伝え、
イマームに、

「実は彼女にはガンがあります。
 そして・・」

私はそして「それは末期の状態です」
と言おうとして思わず涙ぐんでしまった。
言葉に詰まってしまったのだ。

友は私の声は聞こえるはずがない。

私はイマームに向いて話しており、
私の口元も見えない。

でも友は私が涙ぐんでいることを
即座にわかったようで、顔を覗き込み、
何を言っているのかわかったようだった。

私も友のことを誰かに話すのに
涙を流したことなどなかったので、
一瞬ひるんでしまったが、
気を取り直してその続きを話し、

余命を告げられたこと、
その後2人で長い長い時間を過ごしたこと、
非情に混乱の中にあったこと、
ところが今朝彼女は探し物が私の手元にあると知り、
アッラーのご計画を感じたのだということ。

全てはもう自分が安心できるよう
取り計らわれているのだとわかり、
心から安堵し、シャハーダすると決めたこと。

などを伝えた。

そして友の方を向き、
「何か質問したいことあるかな?
 なんでも大丈夫だよ」
と言うと、

「私はアッラーを感じたけど、
 でもそれ以外何も知識がない。
 それでもイスラム教徒になって良いですか?」

という返事が返ってきた。

「もちろんです」

という言葉の後、
そこから私は何ページにもわたって、
イマームと彼女の間で話された内容を
同時通訳で書き続けていた。 

これはそのほんの一部。

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イマームの話は英語とアラビア語で、
友は彼の話を聞きながら徐々に
リラックスしていくようだった。

そして十分友が納得したとき、
イマームは、シャハーダの方法を
紙に書いてもいいし、なぞってもいいし、
友のやりやすい方法でどうぞと言った。

あとで友はこのことをとても喜んでいて、
初めて会うヒゲもじゃのブラザーの
この自然な配慮にとても感謝していた。

友は耳が聞こえないことで、
今までたくさんの苦労をしてきたからだ。

そして友は自分で、

「さあらさんの言う後について
 自分でも言う。
 間違えたくないから念のため
 ノートに言葉を書いてそれを
 見ながら両方でしたい」

と声に出すこと、文字をなぞっていくことを
選択しシャハダーをその場で行った。

その後入信証明証へサイン。 

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友がスラスラと書くその様子を見て、
「なんて美しい字を書くのでしょう」
とイマームは眺めていた。

友は書き終えてすぐ私を見て

「わたし、震えてないね」

と驚いていた。

これがその時の友のサインです。 


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そしてモスク側の印鑑などを押してもらっている間、
イマームが友の名前の漢字の意味について
聞いてきました。

彼は外国人で漢字が読めないのですが、
漢字には意味があると聞いてますと。
人によっては親御さんが名前に願を込めて
つけると聞いていますが彼女は何か聞いていますか?と。

友にそのまま尋ねると、

「聞いたことがない・・・」

という友。

泰美の美はビューティフルって意味だよね~と
言いながら、うちの旦那さんにその場で
ネット検索してもらうと、、、。

「平安って意味らしいね」

という旦那さん。

それを聞いて友以外私たちは、
わぁ、、、スブハーナッラー(アッラーに讃えあれ)
と同時に言ってしまい、

友がなに?どういうこと?
という顔をしているそばでイマームが、

「平安はアラビア語でサラームと言って、
 それはイスラームという意味です。
 つまりあなたの名前は「美しい平安」

 あなたのご両親は素晴らしい名前を
 あなたに授けていましたね。」


と言ったところで、友は自分の両手で顔を覆って
ぼろぼろ涙を流してしまった。
そんな友を見るのは初めてだった。  

そしてイマームは続けて、 
 
 「イスラームは平安という意味と
 アッラーに仕えるという意味です。

 これはアッラーとのつながりで、
 それは始めからそこにあった。
 ということです。
 彼女は本当にラッキーです。」

と伝えたのです。

イマームはとても嬉しそうにご両親は
お元気ですか?と聞いてきたけれど、

私はそこで彼女のお父さんはもう亡くなり、
お母さんには子供の頃から虐待を受けて
絶縁しています。と伝えた。

するとそれを聞いたイマームは、
なんと、、、という表情で一瞬友の大変に
心を寄り添わせてくれたが、その後すぐに、

「でも心配いりません。
 15億人以上の家族ができましたよ世界中に!
 私の家にもぜひ来てください」

と同じ信仰を持つ私たちが兄弟姉妹であることを
喜びをもって表現し、友はケラケラと笑った。

私はそこで、イマームに
「彼女のムスリム名はヤスミンですが、
 ジャスミンの他にアラビア語では
 どんな意味がありますか?」
と尋ねた。

すると・・・。

「ん?ヤスミンですか?
 ヤスミンはサラーム(平安)という意味ですよ!
 つまり、ヤスミン=平安=泰美!」

スブハーナッラー!!! 


こうして友は自分のルーツがそもそも
アッラーの許にあり、彼女が生まれたその時に、
彼女の両親がつけた「泰美」という名前は、

アッラーに仕える美しい人という意味の
この上ない素晴らしい意味を持って
いつか必ず自分の許へと返ってくることを
ご存知のアッラーの計らいがあったことを
知ることとなったのだ。

自分のルーツと生きる道。

その2つを得たあとの「ヤスミン」。 



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前日まで手が震え、足が固まり、
歩くことすらままならなかったとは思えないほど、

そして「台風」はどこかへ去り、
そこには本当に「平安」だけがあり、
私たちは不思議な心地よさに包まれて、

久しぶりに「美味しいね」という友の
嬉しい声を聴きながら夕食を共にし、
帰宅したのだった。 

そこから1か月以上、その笑顔も言葉も
失われてしまうとは思いもせずに・・・。


つづく 




# by sarah_51 | 2019-02-12 21:37 | Comments(0)

「脳転移」と友とわたし㉗「魂の安心」


「来年はない」
そう主治医に言われ非常に混乱と苦悩の
中にあった友。
友は2018年12月30日に亡くなりました。
看取りとその後はこちら→https://sarah51.exblog.jp/i31/


全く耳の聴こえない友と
離れて会話するのに必須のスマホ。

それでさえ手の震えも強く、
文字を打つのも時間がかかっていた。

その日の朝、友は引っ越しに必要な書類を
無くしてしまったと思い込み、
慌ててメッセージしてきた。

でも実はその書類は私がすでに
預かっていた。それを写メと共に
伝えた後、こんなメッセージが。

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すごくスムーズで、
話してるかのようなテンポで
送られてきたメッセージだった。

私は何か彼女の決意を
スマホの中から強く感じていて。

次の言葉を見て泣いてしまった。

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「いんしゃーあっらー」とは
「神さまが望めば」
そして、
「シャハーダします」
は、
「信仰告白」と呼ばれ、
イスラム教徒になるという
意志を明確に示すものです。 

私はその彼女の強い意志を
その言葉に感じてもう
号泣してしまっていて。

隣の部屋にいた夫が変わりに
そのシャハーダの言葉を
打って証人となってくれました。 


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そして夫が彼女のムスリム名にと、
「ヤスミン」
とつけました。

それは私が「やすみ」という
彼女の名前の音と
アラビア語のジャスミンである
「やすみん」の音が似てるので
勝手にあだ名で呼んでいた名前だったけど。

でも実はこれにはもっともっと深い
彼女のルーツが隠されていたことに
この時私たちは何も知らずにいました。

友はこの時のことを、

「なんとも言えない安心感」

と言っていて、
彼女なりに、何もかもが
ああ、もう大丈夫なのだと
思うところがあって、

全くの迷いなく
「そうなりたい」
でも
「そうなればいいな」
でもなく、
「します」
という真っ直ぐな言葉で
決断したようだった。

そして私たちはその日の午後、
「やすみん」
となった彼女の涙を目にすることに。

それは私たちの想像を遥かに超えて、
ああ、、、そうだったのか、、と。
思う出来事でした。


つづく 





# by sarah_51 | 2019-02-11 21:18 | 医療と健康  | Comments(0)

キーマカレーには○○を入れると美味しい!「世界の料理教室」開催報告 


「グリーンピース」です。

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毎月第2土曜日に福岡市東区にある
レストラン花で開催している
「世界の料理教室」

今日は「チキンプラオ」と「マトンキーマカレー」

キーマカレーというと、
チキンを食べたことがある人も
多いのでは?と思います。

でもそもそも「キーマ」とは
「ミンチ」の意味だとか。

なのでチキンキーマとか
マトンキーマとかあるそうですよ。

今日もシェフの絶妙なスパイス加減。

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たっぷりの玉ねぎとトマトペーストに
マトンミンチで作るキーマカレーは、
最後にグリーンピースと、
コリアンダーの葉っぱを刻んで入れていました。

グリーンピースが舌触りも
アクセントにもなっていて
本当に美味しかったです!

そしてチキンプラオ。

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こちらは玉ねぎとトマトにスパイスたっぷり
使用して煮込んだスープに、
バスマティ米をダイレクトに入れて炊き上げます。

炊飯器でもできるそうですよ。

よくある炊き込みご飯の
「ビリヤニ」
はご飯をお湯で炊いて
後から合わせますが、
プラオはスープで炊き上げる
感じでした。

どちらも辛くないので、
お子さんにも大じょゆぶですね。

今日はとても寒かったですが、
スパイスたっぷりのご飯で
身体も暖かく元気になりました! 

次回はエジプト料理です♪ 

どうぞお楽しみに!!!


おしまい 


# by sarah_51 | 2019-02-09 20:47 | 料理教室 | Comments(0)

噂の福岡博多南「ベンガル料理」が想像以上に美味で驚く


福岡市は知る人ぞ知るスパイスカレー王国と
いっても過言ではないくらいカレー屋さんが多い。

インドやネパール、スリランカにパキスタンなど
様々な国のしかも本場の味を食べれるお店があり
スパイスカレーファンにとってはよだれものの都市だ。

その福岡で新しくできた「ベンガル料理屋」さんが
あると聞き我慢ができずに旦那さんを誘って行ってきた。

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通り沿いにパッとわかりやすい
インドの国旗の屋根。

日本人の男性スタッフが
とても丁寧に案内・説明してくれた。

ランチは「ベジ」と「ノンベジ」セットがあり、
ベジの方は主に豆カレーと野菜、
ノンベジの方は豆カレーの他にチキンと魚の
カレーとのこと。 

メニューはその他にもとても豊富にあって
単品でも頼めるそう。

しかしその後私はそのあまりの
「美しさ」
におののいてしまった・・・。

まず旦那さんが頼んだ「ラッシー」。

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お、、おされすぎる。
こんなオシャンティーなラッシーを
生れてはじめて見た。

ローズのソースにピスタチオだそうで。

その後シェフが丁寧に
運んでくれたカレーたち。

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私のカメラ技術では伝えてきれてないと
正直思うのだが、とにかく「きれい・・」
っていう言葉が思わず出てしまう作り。

ただ単に盛り付けをきれいにしてる
という意味ではなく、とても
「丁寧に」
作っているという意味で。

そしてライス、ナン、ロティと
選べる主食ですが、

そもそも「ナン」って現地の人は
食べてないので。

ここはどうあっても「ロティ」。

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全粒粉のロティは身体にも優しい。
これは小さめでお上品でしたね。

ベンガル地方のカレーは、
お米と魚、野菜を多く使うのが特徴。

この日のランチのおさかなカレーも
めっちゃ柔らかくて美味しかったです。 

ぜひこのお店では魚介系を味わって
欲しいですね。

ほんとはランチの他に、
スイーツも頼みたかったのだけど、
お腹がいっぱいになってしまい、、、。

食べきれなかったものを
お持ち帰りに入れてもらいました。

そしてなんと私が手で食べていたのを
見てくださってて、食べ終わった頃、
これが。

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ああ、レモン水でさっぱりね♪

ではなく、、フィンガーボウル。

しかもですね。
「あたたかい」
お水(お湯といえばいいのだがw)なのです。

ちょうどよい温もりの
このレモン水にきゅん死する人が
出ないことを願います・・・・w 

お店の日本人の方は、
インドで日本食をマネジメントしているそうで、
現地の一流店でシェフをしていた

「彼らなら間違いない」

というシェフを日本へ呼び寄せて
お店を開いたのだとか。
(後でわかったけどシェフは2人ともムスリム)

あえて「日本に合わせて」ではなく、
あくまでも彼らが食べている
「ベンガル料理」
を紹介したいというこだわり。

ベンガル料理についてや
お店の情報はぜひHPなどを
見て見てくださいね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼インディアンスパイスファクトリー
▼食べログ
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あんまり美味しすぎるので、
速攻イベントをするべく予約しました♪ 

▼ベンガル料理で夜会♪ 

よかったらぜひ♪ 


おしまい 



# by sarah_51 | 2019-01-30 18:23 | 福岡よかとこ情報   | Comments(0)